3 御剣と佐々木

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 佐々木の瞳がみるみる潤み、あわてたようにまた顔を下げた。 「和泉、うるさい」  佐々木の声は弱々しかった。 「貴秀はいつも、要領が悪い」 「なん、だと?」  佐々木が御剣をにらむ。 「おまえいわく、天才が近くにいるのに、なんで教わろうとしないんだ」 「そんなの……、家庭教師のほうが、確実に成績が伸びるはずだからだ」 「さっき、成績が下がってると言ったばかりだろ」  佐々木はぐっと言葉を詰まらせた。 「貴秀はプライドと成績、どっちが大事なんだ」 「蓮に教われば、成績が上がるとでもいうのか」 「そうだ」  御剣はきっぱりと言い切った。 「二か月で百位以内、半年で五十位、いや三十位以内を目指せる。おまえのポテンシャルはよく知ってる」 (それって、全国一万数千人の中の三十位の話だよね? わたし、学校の学年順位でも三十位以内に入ったことない!)  すごい話をし始めた、と奈月は思った。 「貴秀は勉強ばかりしているからダメなんだ」 「成績を上げるには勉強する以外、方法はないだろ」 「筋肉をつけたいとき、ガムシャラに筋トレをするだけでは、効率よく筋肉は増えない。休息を取らないと逆効果になることもある」 「なんでいきなり、筋肉の話をしだしてんだよっ」  佐々木が御剣にかみついた。 「学習も同じだからだよ。脳が疲れていたらパフォーマンスが下がるし、記憶が定着しない。ガムシャラに勉強したって、逆効果になることがある」 「……逆効果、なのか」  佐々木は口元に手を当てて、眉を寄せた。 「貴秀はオレが勉強してないと言ったけど、当然、オレだって勉強をしている。ただ、効率よく勉強しているから短時間ですむだけだ。その代わり、勉強する時間帯を決めているし、運動も食べ物も部屋の環境も、脳が最大限のパフォーマンスを発揮できるようにしている」 (運動とか食べ物も関係あるの? だからさっきから御剣くんは、要領が悪いとか、勉強ばかりじゃダメだって言ってたのか)  奈月は御剣の部屋を思い出した。椅子がなかったのも、そのあたりが関係しているのかもしれない。 「貴秀はどうしたいんだ」 「ぼくは……」  トントンとドアがノックされると、さっきの家政婦が入ってきた。 「貴秀ぼっちゃん、先生がいらっしゃいましたよ」 「……じゃあ、オレたちは帰るか」  御剣が立ち上がったので、奈月もそれにならう。 「待てよ、蓮!」  歩き出していた御剣は足をとめた。  佐々木は一度くちびるを一文字に引きしめてから、勢いよく頭を下げた。 「ぼくに、勉強を教えてくれ!」 「オレの言うことを素直に聞けるのか?」 「聞ける。……ぼくは」  頭を上げた佐々木は、顔をくしゃくしゃにゆがめていた。 「ぼくはもう、こんな生活、たえられない」  奈月はびっくりした。佐々木がこんな顔をするなんて。 「バカだな。そんなに追い込まれる前に、誰かに相談しろよ」 「言えるわけないだろ。親にはできる息子だと思われたいし、みんなにはなんでもできるクラス委員だと思われてるのに」 「ほら、キャラを作ってるじゃないか。これからはオレに相談すればいいだろ。オレにはもう手の内を見せたんだから。あと、和泉にも」  急に話を振られて、奈月はぶんぶんと首を横に振った。こんな優等生たちの話についていけるとは思えない。ましてや相談なんてムリに決まっている。 「相談って、勉強ばかりじゃないだろ。貴秀はせかせかしすぎだから、和泉くらいゆっくりしたやつといたほうが、ペースが落ちていいと思うよ」 「やめろよ、イライラするだけだろ」  そう言いながら、佐々木はほんのりと頬を染めた。 (佐々木くんに拒否されてしまった)  ううっ、と奈月は内心うなる。 「そうかな。オレはけっこう好きなんだけど、和泉ののんびりしたところ」  そう言われて、奈月は赤くなった。 (御剣くん、やさしい!)
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