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佐々木の瞳がみるみる潤み、あわてたようにまた顔を下げた。
「和泉、うるさい」
佐々木の声は弱々しかった。
「貴秀はいつも、要領が悪い」
「なん、だと?」
佐々木が御剣をにらむ。
「おまえいわく、天才が近くにいるのに、なんで教わろうとしないんだ」
「そんなの……、家庭教師のほうが、確実に成績が伸びるはずだからだ」
「さっき、成績が下がってると言ったばかりだろ」
佐々木はぐっと言葉を詰まらせた。
「貴秀はプライドと成績、どっちが大事なんだ」
「蓮に教われば、成績が上がるとでもいうのか」
「そうだ」
御剣はきっぱりと言い切った。
「二か月で百位以内、半年で五十位、いや三十位以内を目指せる。おまえのポテンシャルはよく知ってる」
(それって、全国一万数千人の中の三十位の話だよね? わたし、学校の学年順位でも三十位以内に入ったことない!)
すごい話をし始めた、と奈月は思った。
「貴秀は勉強ばかりしているからダメなんだ」
「成績を上げるには勉強する以外、方法はないだろ」
「筋肉をつけたいとき、ガムシャラに筋トレをするだけでは、効率よく筋肉は増えない。休息を取らないと逆効果になることもある」
「なんでいきなり、筋肉の話をしだしてんだよっ」
佐々木が御剣にかみついた。
「学習も同じだからだよ。脳が疲れていたらパフォーマンスが下がるし、記憶が定着しない。ガムシャラに勉強したって、逆効果になることがある」
「……逆効果、なのか」
佐々木は口元に手を当てて、眉を寄せた。
「貴秀はオレが勉強してないと言ったけど、当然、オレだって勉強をしている。ただ、効率よく勉強しているから短時間ですむだけだ。その代わり、勉強する時間帯を決めているし、運動も食べ物も部屋の環境も、脳が最大限のパフォーマンスを発揮できるようにしている」
(運動とか食べ物も関係あるの? だからさっきから御剣くんは、要領が悪いとか、勉強ばかりじゃダメだって言ってたのか)
奈月は御剣の部屋を思い出した。椅子がなかったのも、そのあたりが関係しているのかもしれない。
「貴秀はどうしたいんだ」
「ぼくは……」
トントンとドアがノックされると、さっきの家政婦が入ってきた。
「貴秀ぼっちゃん、先生がいらっしゃいましたよ」
「……じゃあ、オレたちは帰るか」
御剣が立ち上がったので、奈月もそれにならう。
「待てよ、蓮!」
歩き出していた御剣は足をとめた。
佐々木は一度くちびるを一文字に引きしめてから、勢いよく頭を下げた。
「ぼくに、勉強を教えてくれ!」
「オレの言うことを素直に聞けるのか?」
「聞ける。……ぼくは」
頭を上げた佐々木は、顔をくしゃくしゃにゆがめていた。
「ぼくはもう、こんな生活、たえられない」
奈月はびっくりした。佐々木がこんな顔をするなんて。
「バカだな。そんなに追い込まれる前に、誰かに相談しろよ」
「言えるわけないだろ。親にはできる息子だと思われたいし、みんなにはなんでもできるクラス委員だと思われてるのに」
「ほら、キャラを作ってるじゃないか。これからはオレに相談すればいいだろ。オレにはもう手の内を見せたんだから。あと、和泉にも」
急に話を振られて、奈月はぶんぶんと首を横に振った。こんな優等生たちの話についていけるとは思えない。ましてや相談なんてムリに決まっている。
「相談って、勉強ばかりじゃないだろ。貴秀はせかせかしすぎだから、和泉くらいゆっくりしたやつといたほうが、ペースが落ちていいと思うよ」
「やめろよ、イライラするだけだろ」
そう言いながら、佐々木はほんのりと頬を染めた。
(佐々木くんに拒否されてしまった)
ううっ、と奈月は内心うなる。
「そうかな。オレはけっこう好きなんだけど、和泉ののんびりしたところ」
そう言われて、奈月は赤くなった。
(御剣くん、やさしい!)
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