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「オレはけっこう好きなんだけど、和泉ののんびりしたところ」
そう言われて、奈月は赤くなった。
(御剣くん、やさしい!)
やっぱり勇気を出して、もっと早く声をかけていればよかった。そうしたら、学校に行くのが楽しくなったかもしれないのに。
「家庭教師が来てるんだろ。詳しい話は、明日学校で話す」
「蓮、学校に来るのか?」
佐々木は目を丸くする。
「うん。おまえの成績を上げなきゃいけないし、和泉に学校に行った方がいいって言われたからさ」
御剣は奈月に顔を向けてニッと笑う。
(ちゃんと聞いてくれたんだ)
奈月の胸が、ほわんと温かくなった。
「……怒って、ないのかよ」
帰ろうと歩きかけた御剣のシャツの袖を、佐々木が軽くつまんで引きとめた。
「三年前、ぼくが急に、蓮のことをムシしたこと」
佐々木は顔を伏せ気味にして、口をひきしめた。
「別に。なんとなく理由は察してたから」
「だから、そういうところがムカツク」
眉をつり上げた佐々木は、御剣の袖を放して表情を改めた。そして改めて頭を下げる。
「ごめん、蓮。これから、またよろしく」
「うん」
二人は笑顔になった。奈月までつられそうになる、穏やかで優しい笑顔だった。
「和泉も、いままでごめんな」
佐々木に謝られて、奈月はびっくりする。ふるふると首を横に振った。
(謝ってくれた)
奈月の胸が温かくなった。
「じゃあ明日、学校でな」
二人は軽く手を振って別れた。奈月も佐々木に頭を下げて、御剣の後に続いて部屋を出る。
(御剣くんと佐々木くんが仲良くなったし、御剣くんが登校することになったし、来てよかった!)
御剣が男子グループを見ているのを、輪がうらやましいからだ奈月は思っていた。しかし、もしかしたら、佐々木を心配して見ていたのかもしれない。カンペキな優等生を演じている佐々木を危なっかしく思って。
もしくは、佐々木に声をかけられるのを待っていたのかもしれない。だから、ずっと一人でいたのかもしれない。
(仲が悪いと思っていた御剣くんと佐々木くんが友達だったなんて、ぜんぜんわからなかったよ。でも、心の中なんてわからないもんね)
クラスの中心で笑っている佐々木が、あんなに思い詰めているなんて思わなかった。
気持ちは見えない。だから言葉で伝える必要があるのだ。
(わたしも、つらいとか、さみしいとか、仲間に入れてほしいとか、ちゃんと口に出して言わなきゃいけなかったんだ。みんなだって、わたしの心の中が見えるわけじゃないもんね)
御剣に、緊張することも、上手く話せないことも、直せると聞いた。奈月は友達が欲しいと思いながらも、努力をしてこなかった。努力の仕方もわからなかった。しかし、やれることはたくさんあったのだ。
「和泉」
御剣に呼びかけられて、奈月は我に返った。
「貴秀の家に行ったら、ペットと会話してるところを見せてくれるんだろ」
「あっ、そうだったね」
二人は道の端に寄ると、奈月はスポーツバッグを開け、ポメラニアンを抱き上げた。
「コタロウ、御剣くんにあいさつは?」
コタロウはくるりと首を回して御剣を見上げると、つぶらな瞳をとがらせて、鼻にしわを寄せて歯をむき出した。
「あれはなんの茶番だ! おれは願いを見つけてこいと言ったんだ!」
コタロウは低い声で怒鳴った。
(わあっ、怒ってる!)
「おい奈月、願いを決めたんだろうな」
コタロウは歯をむき出しにしたまま、くるっと奈月に顔を向けた。
「それは、まだ……」
「佐々木ってヤツ、成績が上がらなくて困ってたじゃないか。おまえの命で、一番にしてやれ」
「やだよっ」
佐々木のことはかわいそうだと思ったが、それとこれとは話が別だ。
「犬が、しゃべってる……」
そのつぶやきに目を向けると、御剣がコタロウを見ながら固まっていた。
「ほらね。なんとかフレンドっていうのじゃなかったでしょ?」
(よかった。これで、妄想だとか、うそつきだと思われなくてすんだよ)
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