1 悪魔の呼び出し方

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1 悪魔の呼び出し方

ふと、文庫本の文字を追っていた視線をあげて窓際を見ると、白いカーテン越しに淡い光を浴びながら、机に向かって御剣(みつるぎ)蓮(れん)が本を読んでいた。 (よかった、今日もわたしと同じだ)  奈月は胸をなでおろして読書に戻った。  昼休みになった六年一組の教室は、男子が走り回ったり、女子が集まって雑誌を見ながらファッションチェックをしていたりとにぎやかだ。  その輪から、奈月と御剣だけが外れていた。  六年生の二学期から転入してきた奈月は、三週間たってもクラスになじめなかった。前の学校でもそうだった。  だけど今回は、少し心強い。御剣がいるからだ。  御剣はいつも一人で本を読んでいる。少し長めの前髪をサイドに流しているので、形のいい額と一重のキリッとした瞳がよく見える。クラスで一番背が高くて大人っぽい。奈月はとてもカッコいいと思っているけれど、女子も男子も、御剣に声をかけているのを見たことがなかった。  御剣が自分といっしょだと奈月が思うのは、一人で本を読んでいることだけではない。  ときどき御剣は、男子の集まりに目を向けて、うらやましそうな顔をする。  おそらく、その輪に加わりたいのだ。 (わたしも、友達が欲しい)  奈月は本を持つ手に力を込める。 (御剣くんに声をかけてみようかな)  奈月がそう思ったのは何度目だろうか。  近づいて、御剣に声をかける。  ただそれだけなのに、そうしようと思うだけで緊張して、奈月は席から立ち上がることもできなかった。 (やっぱり、わたしにはムリだぁ。そんなことができるなら、もう友達ができてるよ)  ガックリと肩を落としたとき、ドンッ! と机が叩かれた。  びっくりして顔を上げると、クラス委員の佐々木貴(たか)秀(ひで)が立っていた。  佐々木は成績がよくてスポーツも得意。少し茶色がかった黒髪はサラサラとしていて、アーモンド形の二重の瞳が印象的な、整った顔立ちをしている。  たった三週間クラスで過ごしているだけでも、佐々木が女子に人気があることがよくわかった。  普段の佐々木は愛想のいい笑顔を浮かべているが、今は違った。眉をつり上げて、いまいましそうに奈月を見下ろしている。 「さっきの授業はなんだよ」  四時間目の国語のことだ。奈月は突然、先生に当てられた。答えがわからず、おどおどとしてしまった。 「わからないなら、わからないって言えば終わるだろ。黙ってるから、先生だっておまえを待つんだよ。おまえはみんなの授業時間を奪ったんだぞ」 「……ごめ……」  奈月はうつむいた。大きな声をかけられるだけで、おびえてしまう。 「はぁ? よく聞こえねえんだけど」 「ごめんなさい」 「謝ればすむと思ってんのかよ。これで勉強が遅れて成績が下がったら、どう責任をとるんだ」 「ごめん、なさい」  奈月の声は消えそうなほど小さくなった。 「そうそう、和泉さんってとろくて困るよね」  奈月の前の席に座っている、林ひめ花が振り返った。林は顔じゅうがニキビだらけだ。 「食べるのも遅くてさ。連帯責任で、一人でも給食を残している人がいたら、班のみんなで待たなきゃいけないじゃん? 和泉さんのせいで、お昼休みが短くなっちゃったんだよ。暇すぎて、三杯もよけいに食べちゃったよ」  林は横幅が奈月の二倍くらいの貫録がある体格で、背も女子にしては高い。奈月はますます縮こまった。  前の学校では給食を残してもだいじょうぶだった。居残り給食のルールがあると知らなかったのだ。その日以来、奈月は給食の量を減らしてもらって残すことはなかったが、その一回のミスを林はねちねちと繰り返す。  奈月は友達がいないだけではない。佐々木貴秀と林ひめ花を筆頭に、クラスで目をつけられていた。  今はまだ口で責められるだけだが、これからエスカレートするかもしれない。前の学校では堪えられないほどになってしまい、親に相談して、この学校に転校してきたのだから。 「ごめんなさい」  前の学校のようにはなりたくない。しかし、奈月には謝ることしかできない。もう泣きそうだ。 「だから、同じこと言わせんじゃ……」  ガンッ!  鋭く重い音がして、クラスがシンと静かになった。  奈月が音のほうを見ると、本を読んでいたはずの御剣が立っている。近くには椅子が転がっていた。わざと、叩きつけるように椅子を倒したようだ。 「いいかげん、くだらないことはやめろ。気分が悪くなる」 「御剣は関係ないだろ」 「ある」  御剣が佐々木に歩み寄った。 「佐々木は和泉に、『みんなの授業時間を奪った』『これで勉強が遅れて成績が下がったら、どう責任をとるんだ』と、さもクラスみんなの代弁者のように言っていたけど、同じ授業を受けている生徒として、オレは一ナノメートルも気にしていない」 「ナノメ……?」  佐々木は困惑して眉をひそめる。 「ナノメートルは、一メートルの十億分の一だ」 (説明されても想像ができない)  ぽかんと二人を見上げている奈月の目から、涙が引っ込んだ。 「数分も惜しいほど勉強時間が足りないなら、和泉にかまっていないで、今勉強しろよ。だから佐々木は万年二位で、オレを抜けないんだ」 「なっ……!」  ギリリと音がしそうなほど、佐々木は歯を食いしばって御剣をにらんだ。よほど悔しいのか、にぎる拳が震えている。 「林もだ」 「な、なによ」  細い目をさらに細めて、林は身構えた。 「ゆっくり食べる和泉を見習えばどうだ。早食い、大食いは太るぞ」 「失礼ね、よけいなお世話よ!」  林が机を叩くのには目を向けず、御剣は背を向けてドアから出ていった。  静かだった教室が、わっと騒ぎだした。 「やだ、御剣くんクールすぎ!」 「近寄りがたいけど、やっぱりカッコいいよね」 「百点以外取ったことがないってホントかな?」 「御剣くんならあり得るよね!」  特に女子がキャアキャアと言い始めて、やっぱりモテるんだな、と奈月はなっとくした。 「くそっ、御剣のやつ、ムカツクな」  そう言いながら佐々木も奈月から離れた。 (そうだ、御剣くんは助けてくれたんだ。お礼を言わなきゃ)  奈月は急いで廊下に出たが、御剣の姿は見つからなかった。
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