1 悪魔の呼び出し方

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(そうだ、御剣くんは助けてくれたんだ。お礼を言わなきゃ)  奈月は急いで廊下に出たが、御剣の姿は見つからなかった。 (わたしと同族だと思ってたのに。御剣くんは、はっきり意見を言える人なんだ)  スゴイ人だ、と奈月は感動する。まるで我がことのようにうれしい。 (わたしも、きちんと意見を言えるようになりたい)  まずは、御剣にお礼を言いたい。 (それをきっかけに、お友達になれるかもしれないし……)  奈月は少しワクワクした。学校でこんな気持ちになるのは初めてかもしれない。  しかし、その気持ちはすぐにしぼんだ。  いじめのターゲットが、奈月から御剣に代わったのだ。御剣は佐々木や林たちに、しつこくからまれるようになった。 (助けてもらったんだから、今度はわたしが助けなきゃ!)  だけどやっぱり、お尻が椅子にくっついているかのように、立ち上がれなかった。 (行かなきゃ、行かなきゃ……!)  そう思いながら二日が過ぎた。勇気が出ない自分が、心底イヤになる。 (今日こそ、わたしが佐々木くんたちを止めるんだ!)  そう決意しながら登校したのだが、御剣は学校に来なかった。 (カゼかな?)  翌日も、その翌日も、御剣は登校することはなかった。  奈月は真っ青になった。 (わたしのせいで、御剣くんが学校に来れなくなっちゃった……)  どうしよう、どうしよう。  ぐるぐると考えていた奈月は夜も眠れず、翌朝には熱を出して学校を休んだ。 「おとなしく寝ているのよ。お昼はおかゆをチンして食べてね。なるべく早く帰ってくるから」  母は胸まである奈月のストレートの黒髪を手ですいて、布団をかけ直してから仕事に出かけた。 「ごめんね、お母さん、お父さん」  前の学校でのいじめがつらくて両親に相談をしたら、この町に引っ越してくれた。お金のことは一度も口にしたことはないけれど、たくさん費用がかかったに違いない。引っ越しの前は母はいつも家にいたけれど、今は共働きになった。  そうして新しい生活のスタートをきったのに、また奈月は学校で上手くいっていない。  これでは、同じことの繰り返しだ。  前の学校で、いじめられる側にも問題がある、と言われたことがある。 (わたしがグズで、上手く話せないから、みんなイライラしちゃうんだ)  御剣が学校に来なくなったことが、奈月の胸に重くのしかかる。  はじめてかばわれて、すごくうれしかったのに。  前の学校では、いじめがエスカレートしても、クラスメイトたちは見て見ぬふりをしていた。 (お父さんにもお母さんにも、そして助けてくれた御剣くんにも迷惑をかけちゃった。どうしていつも、こうなんだろう。わたしなんて生まれてこなきゃよかったのに)  目頭が熱くなる。涙が枕に吸い込まれて、小さなシミになった。 「はう、はうっ」  ドアの隙間から、ポメラニアンのコタロウが入ってきた。口にはボールをくわえているので、うまく吠えられないようだ。 「来ないで、今は遊ぶ気分じゃないよ」 「くうん」  コタロウはベッドにあがって、ねだるように奈月の顔に体をすりつけてくる。 「だめだってば」  寝返って後ろを向いても、シッポを振りながら正面に回ってきて、鼻をこすりつけてきた。 「わかった、わかったよ、もう」  根負けをして奈月は起き上がった。 「少しだけだからね」 「わうっ」  奈月がボールを投げると、コタロウは小さな口にボールをくわえて、走って戻ってくる。何度か繰り返していると、沈んでいた気持ちが上昇してきた。 「もしかしてコタロウ、励ましてくれてる?」 「わう、わうっ」 (もう、なんてイイコなんだろう! 大好き!)  奈月はコタロウを抱きしめて、ふわふわの毛に顔を埋めた。すると、また「わうっ」と吠えて、ボールを投げろと催促してきた。 (単純に、かまって欲しいだけかもしれないけど)  それでも、いつも奈月はコタロウになぐさめられてきた。 「よし、いくよ」  奈月が投げたボールは、少し開いたふすまから、押し入れの中に入ってしまった。これではコタロウが取ってこれない。  奈月の部屋は六畳の和室だが、以前の部屋が洋室だったため、家具やベッドが部屋の雰囲気に合わない。 (しかたがない、わたしが取ってこなきゃ)  奈月はベッドからおりた。はだしに畳のやさしい感触がする。  滑りの悪い引き戸を開けて、四つんばいで押し入れに入る。 「……あれ?」  押し入れの床に敷かれたシートに、不自然なふくらみを感じた。手でシートを擦ってみると、床とシートの間に、なにかがあるようだった。  このシートは、引っ越してきたときから敷いてあった。この家は中古の一戸建てで、建てられてから三十年は経っていそうな家だった。壁や柱に日焼けのあとや傷がある。 (紙だ)  シートの間に指を入れて取り出すと、四つ折りになった黄ばんだ紙だった。 (なぜ、こんなところにあるんだろう?)
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