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(そうだ、御剣くんは助けてくれたんだ。お礼を言わなきゃ)
奈月は急いで廊下に出たが、御剣の姿は見つからなかった。
(わたしと同族だと思ってたのに。御剣くんは、はっきり意見を言える人なんだ)
スゴイ人だ、と奈月は感動する。まるで我がことのようにうれしい。
(わたしも、きちんと意見を言えるようになりたい)
まずは、御剣にお礼を言いたい。
(それをきっかけに、お友達になれるかもしれないし……)
奈月は少しワクワクした。学校でこんな気持ちになるのは初めてかもしれない。
しかし、その気持ちはすぐにしぼんだ。
いじめのターゲットが、奈月から御剣に代わったのだ。御剣は佐々木や林たちに、しつこくからまれるようになった。
(助けてもらったんだから、今度はわたしが助けなきゃ!)
だけどやっぱり、お尻が椅子にくっついているかのように、立ち上がれなかった。
(行かなきゃ、行かなきゃ……!)
そう思いながら二日が過ぎた。勇気が出ない自分が、心底イヤになる。
(今日こそ、わたしが佐々木くんたちを止めるんだ!)
そう決意しながら登校したのだが、御剣は学校に来なかった。
(カゼかな?)
翌日も、その翌日も、御剣は登校することはなかった。
奈月は真っ青になった。
(わたしのせいで、御剣くんが学校に来れなくなっちゃった……)
どうしよう、どうしよう。
ぐるぐると考えていた奈月は夜も眠れず、翌朝には熱を出して学校を休んだ。
「おとなしく寝ているのよ。お昼はおかゆをチンして食べてね。なるべく早く帰ってくるから」
母は胸まである奈月のストレートの黒髪を手ですいて、布団をかけ直してから仕事に出かけた。
「ごめんね、お母さん、お父さん」
前の学校でのいじめがつらくて両親に相談をしたら、この町に引っ越してくれた。お金のことは一度も口にしたことはないけれど、たくさん費用がかかったに違いない。引っ越しの前は母はいつも家にいたけれど、今は共働きになった。
そうして新しい生活のスタートをきったのに、また奈月は学校で上手くいっていない。
これでは、同じことの繰り返しだ。
前の学校で、いじめられる側にも問題がある、と言われたことがある。
(わたしがグズで、上手く話せないから、みんなイライラしちゃうんだ)
御剣が学校に来なくなったことが、奈月の胸に重くのしかかる。
はじめてかばわれて、すごくうれしかったのに。
前の学校では、いじめがエスカレートしても、クラスメイトたちは見て見ぬふりをしていた。
(お父さんにもお母さんにも、そして助けてくれた御剣くんにも迷惑をかけちゃった。どうしていつも、こうなんだろう。わたしなんて生まれてこなきゃよかったのに)
目頭が熱くなる。涙が枕に吸い込まれて、小さなシミになった。
「はう、はうっ」
ドアの隙間から、ポメラニアンのコタロウが入ってきた。口にはボールをくわえているので、うまく吠えられないようだ。
「来ないで、今は遊ぶ気分じゃないよ」
「くうん」
コタロウはベッドにあがって、ねだるように奈月の顔に体をすりつけてくる。
「だめだってば」
寝返って後ろを向いても、シッポを振りながら正面に回ってきて、鼻をこすりつけてきた。
「わかった、わかったよ、もう」
根負けをして奈月は起き上がった。
「少しだけだからね」
「わうっ」
奈月がボールを投げると、コタロウは小さな口にボールをくわえて、走って戻ってくる。何度か繰り返していると、沈んでいた気持ちが上昇してきた。
「もしかしてコタロウ、励ましてくれてる?」
「わう、わうっ」
(もう、なんてイイコなんだろう! 大好き!)
奈月はコタロウを抱きしめて、ふわふわの毛に顔を埋めた。すると、また「わうっ」と吠えて、ボールを投げろと催促してきた。
(単純に、かまって欲しいだけかもしれないけど)
それでも、いつも奈月はコタロウになぐさめられてきた。
「よし、いくよ」
奈月が投げたボールは、少し開いたふすまから、押し入れの中に入ってしまった。これではコタロウが取ってこれない。
奈月の部屋は六畳の和室だが、以前の部屋が洋室だったため、家具やベッドが部屋の雰囲気に合わない。
(しかたがない、わたしが取ってこなきゃ)
奈月はベッドからおりた。はだしに畳のやさしい感触がする。
滑りの悪い引き戸を開けて、四つんばいで押し入れに入る。
「……あれ?」
押し入れの床に敷かれたシートに、不自然なふくらみを感じた。手でシートを擦ってみると、床とシートの間に、なにかがあるようだった。
このシートは、引っ越してきたときから敷いてあった。この家は中古の一戸建てで、建てられてから三十年は経っていそうな家だった。壁や柱に日焼けのあとや傷がある。
(紙だ)
シートの間に指を入れて取り出すと、四つ折りになった黄ばんだ紙だった。
(なぜ、こんなところにあるんだろう?)
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