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(紙だ)
シートの間に指を入れて取り出すと、四つ折りになった黄ばんだ紙だった。
(なぜ、こんなところにあるんだろう?)
前に住んでいた住人が、わざと隠したのだろうか。
押し入れの中は暗いので、はい出してからA四の紙を開くと、こう書かれていた。
――悪魔が願いを一つ叶えます。代償は、命です。
「願いを、叶える?」
奈月はドキリとする。
手書きの赤黒い文字が、なんだか生きているように揺れて見えた。それに、ただの紙のはずなのに、なんだか生温かい気もする。
「悪魔の呼び出し方」
用意するもの:姿見二つ、あなたの命。
日時:満月が見える深夜二時。
手順:深夜二時ちょうどに、向かい合わせに設置した姿見で、月光を互いに反射させるようにします。すると、鏡と鏡の間に満月の光が集まって、悪魔が召喚されます。あとは願いを悪魔に伝えるだけ。あなたは魂を差し出して、願いは叶えられます。
じゃれてくるコタロウにも気づかないくらい、奈月は食い入るように紙を見つめた。
願いが叶う。でもその代わりに、魂を差し出す。
「それって、願った人が死んじゃうってことだよね」
お金持ちになっても、世界一の美人になっても、友達ができたとしても、死んでしまっては意味がない。
普通なら、まったく価値がないと考えるだろう。むしろ不気味だと腹を立てて、この紙を破り捨てるかもしれない。
しかし、奈月は違った。
(すごい。まるで、わたしのためにあるルールみたい)
どんな願いも叶うなら、自分では助けられなかった御剣を救ってもらえる。
(いじめをなくして、御剣くんがまた学校に通えるように頼もう)
この願いが叶ったら、奈月は死んでしまうはずだ。
(お父さんとお母さんのために、わたしはいなくなった方がいいんだ)
それは、ずっと奈月が思ってきたことだ。
前の学校ではいじめがつらくて、死んでしまいたいと思ったこともあった。
しかし、怖くてできなかった。
(魂を抜かれるって、どんな感じだろう。痛くないといいな)
前に住んでいた人が、いたずらで紙を残していっただけかもしれない。だが、試してみる価値はあるだろう。
それから奈月はスマートフォンで、満月になる日を調べることにした。姿見というのが、全身を映す大きな鏡だということも調べて準備をした。
ここ数年の中で、こんなに積極的に動いたことはなかったかもしれない。
奈月はまた、御剣の来ない学校に通いだした。
(御剣くん、待っててね。もう少しで元通りになるから)
そして迎えた、満月の夜。
「この犬、なんてことをしやがるんだ!」
――コタロウが、低い声でしゃべるようになった。
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