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「いいかげんにしろよコムスメ。いつまで待たせれば気がすむんだ」
学校から帰ってきた奈月は、部屋でずっとコタロウに責められている。正確に言えば、コタロウの中にいる悪魔から。
朝起きた奈月は、あれは夢だったんじゃないかと思ったが、コタロウが開口一番「早く願いを言え」と話しかけてきたので、現実なのだと確信した。
その後、コタロウをかわして登校したが、家に帰ってきたら逃げ場はない。コタロウはしつこく付きまとってくる。
奈月は家じゅうをウロウロとしていたが、あきらめて部屋のベッドに腰を下ろした。コタロウが膝の上に乗ってくる。
「黙っていてもなにも変わらないぞ、コムスメ」
そう言われても、すぐに悪魔を開放してはいけない気がする。かといって、御剣を助けたい気持ちも変わっていない。
どうしたらいいのか、答えを出せていなかった。
「……コムスメじゃない」
「ん?」
「和泉奈月って、名前がある」
「わかった、奈月だな」
ドキリとした。親以外から名前で呼ばれることは、あまりなかった。
「あなたの名前は?」
「そんなものはない」
「名前がないと、不便じゃない?」
「別に。呼び合うことなんてないからな」
「……なんだか、さみしいね」
今の奈月もそうだ。名前があっても、学校で呼ばれることはほとんどない。名前を呼び合える友達がほしいと、ずっと思っていた。
「じゃあ、わたしが名前を付けてあげようか」
「そんなものはいらん。それより、願いを言え」
(あっ、話が戻っちゃった)
困ったなと思いながら、いつものクセでコタロウの頭をなでる。
「やめろ、触るな」
そう言うコタロウのしっぽは、気持ちよさそうに揺れている。
「違う場所がいい? こことか、こことか」
「バカ、やめろ」
あごの下や耳の後ろを両手でなでると、コタロウの声がうわずった。
(やっぱり、気持ちがよさそうなんだけど)
「だいたい、おまえの願いはなんなんだ」
コタロウは抵抗するのをあきらめたようで、おとなしく奈月になでられている。
「言ったら、わたしの魂を取っちゃうんでしょ?」
「質問しているだけだ。だまし打ちのような魂の取り方は、契約違反になるからできない。安心しろ、悪魔はうそをつけないんだ」
(ゆうべもそう言ってたっけ)
奈月は御剣のことをコタロウに説明した。
「そんなことに命をかけるのか」
コタロウは鼻で笑った。
「“そんなこと”じゃないよ。いじめって、本当につらいんだから。学校に行きたくなくなるほど」
「なら、そいつの家に行こう」
「えっ、なんで?」
「そいつの様子を見ようじゃないか。暗い部屋で落ち込んで、ガリガリに痩せてでもいたら、すぐにでも願いを叶えたくなるだろ」
(それが悪魔のねらいか)
むむっと奈月は眉をつり上げたが、確かに御剣のことは心配だ。学校に来なくなってから、もう一週間ほどたっている。
「でも……」
奈月はコタロウをなでる手をとめた。
「一人で行っても、きっとわたし、しゃべれないよ」
奈月は口下手なので、しゃべったことがない御剣と会話をする自信がない。かといって、いっしょに行ってくれる友達もいない。
コタロウは、はあとため息をついた。
「しかたがない、おれがいっしょに行ってやろう」
「わたしの代わりに、御剣くんとしゃべってくれるの?」
「さあな。だが、一人で行くよりは心強いだろ」
(誰もいないよりはいいけど、コタロウは犬だしなあ)
「おれのことは、お守りだと思えばいい。おれがその場にいないと、叶えたいと思ったときに願えないだろ」
(やっぱり、それが目的なんだね)
奈月は苦笑した。
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