2 願いを叶えていいのか問題

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「いいかげんにしろよコムスメ。いつまで待たせれば気がすむんだ」  学校から帰ってきた奈月は、部屋でずっとコタロウに責められている。正確に言えば、コタロウの中にいる悪魔から。  朝起きた奈月は、あれは夢だったんじゃないかと思ったが、コタロウが開口一番「早く願いを言え」と話しかけてきたので、現実なのだと確信した。  その後、コタロウをかわして登校したが、家に帰ってきたら逃げ場はない。コタロウはしつこく付きまとってくる。  奈月は家じゅうをウロウロとしていたが、あきらめて部屋のベッドに腰を下ろした。コタロウが膝の上に乗ってくる。 「黙っていてもなにも変わらないぞ、コムスメ」  そう言われても、すぐに悪魔を開放してはいけない気がする。かといって、御剣を助けたい気持ちも変わっていない。  どうしたらいいのか、答えを出せていなかった。 「……コムスメじゃない」 「ん?」 「和泉奈月って、名前がある」 「わかった、奈月だな」  ドキリとした。親以外から名前で呼ばれることは、あまりなかった。 「あなたの名前は?」 「そんなものはない」 「名前がないと、不便じゃない?」 「別に。呼び合うことなんてないからな」 「……なんだか、さみしいね」  今の奈月もそうだ。名前があっても、学校で呼ばれることはほとんどない。名前を呼び合える友達がほしいと、ずっと思っていた。 「じゃあ、わたしが名前を付けてあげようか」 「そんなものはいらん。それより、願いを言え」 (あっ、話が戻っちゃった)  困ったなと思いながら、いつものクセでコタロウの頭をなでる。 「やめろ、触るな」  そう言うコタロウのしっぽは、気持ちよさそうに揺れている。 「違う場所がいい? こことか、こことか」 「バカ、やめろ」  あごの下や耳の後ろを両手でなでると、コタロウの声がうわずった。 (やっぱり、気持ちがよさそうなんだけど) 「だいたい、おまえの願いはなんなんだ」  コタロウは抵抗するのをあきらめたようで、おとなしく奈月になでられている。 「言ったら、わたしの魂を取っちゃうんでしょ?」 「質問しているだけだ。だまし打ちのような魂の取り方は、契約違反になるからできない。安心しろ、悪魔はうそをつけないんだ」 (ゆうべもそう言ってたっけ)  奈月は御剣のことをコタロウに説明した。 「そんなことに命をかけるのか」  コタロウは鼻で笑った。 「“そんなこと”じゃないよ。いじめって、本当につらいんだから。学校に行きたくなくなるほど」 「なら、そいつの家に行こう」 「えっ、なんで?」 「そいつの様子を見ようじゃないか。暗い部屋で落ち込んで、ガリガリに痩せてでもいたら、すぐにでも願いを叶えたくなるだろ」 (それが悪魔のねらいか)  むむっと奈月は眉をつり上げたが、確かに御剣のことは心配だ。学校に来なくなってから、もう一週間ほどたっている。 「でも……」  奈月はコタロウをなでる手をとめた。 「一人で行っても、きっとわたし、しゃべれないよ」  奈月は口下手なので、しゃべったことがない御剣と会話をする自信がない。かといって、いっしょに行ってくれる友達もいない。  コタロウは、はあとため息をついた。 「しかたがない、おれがいっしょに行ってやろう」 「わたしの代わりに、御剣くんとしゃべってくれるの?」 「さあな。だが、一人で行くよりは心強いだろ」 (誰もいないよりはいいけど、コタロウは犬だしなあ) 「おれのことは、お守りだと思えばいい。おれがその場にいないと、叶えたいと思ったときに願えないだろ」 (やっぱり、それが目的なんだね)  奈月は苦笑した。
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