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「おれのことは、お守りだと思えばいい。おれがその場にいないと、叶えたいと思ったときに願えないだろ」
(やっぱり、それが目的なんだね)
奈月は苦笑した。
「そんなにお仕事が大事?」
「おれは魂を回収するために生まれたんだ。大事かどうかは問題ではないんだよ」
奈月は、あれっと思う。その声はとても重くて、沈んでしまいそうに聞こえた。
「本当は、したくないことなの?」
「そういう問題ではないと言っているだろ」
コタロウは両前足の上に顎をのせて体を伏せた。
「ただ、悪魔として生まれたのは損だと思ってる。運命ガチャに失敗した」
「運命ガチャ」
悪魔らしくない言葉に驚いた奈月は、じわじわと笑いがこみ上げてきた。悪魔に親しみがわいてきたのだ。
「わたしも失敗した。性格ガチャ」
「性格なんて、変えられるだろ」
「変わらないよ」
「そうか? やる気次第だと思うが」
疑うような目を向けていたコタロウは、「まあいい」と言いながら立ち上がった。
「御剣の家に行くぞ!」
(忘れてなかった)
奈月は乗り気ではなかったが、コタロウに急き立てられて、仕方がなく家を出た。コタロウを大きめのスポーツバッグに入れて、顔を出せる程度にチャックを開ける。
御剣の家はそれほど離れていないので、集団登校の班は違っても自然に覚えていた。壁が白いタイル地の一戸建てだ。
チャイムを鳴らすと、御剣蓮の母親が玄関の扉から現れた。さすが親子で、整った顔の作りがよく似ている。
ただ、なぜか医者のように白衣を着ていた。
(どうして家で白衣を着ているんだろう?)
「あの、御剣くんと同じクラスの、和泉奈月です」
奈月はペコリと頭を下げた。緊張して声が震えてしまった。
「まあ、蓮のお友達? 珍しいわね。どうぞ、入って入って」
母親は笑顔になって奈月を招き入れた。
(あっさりと入れちゃった。追い返されるかもって思ってたのに)
母親の後に続いて二階に上がる。
「蓮、お友達よ」
「友達?」
部屋の中から御剣の声がした。ドアが開くと、黒いYシャツとカーゴパンツを身に着けた、教室で見慣れた御剣が出てきた。こうして正面に立つと、やっぱり背が高いな、と思う。奈月と二十センチ近く差がありそうだ。
(よかった、顔色も悪くないし、ガリガリに痩せてない)
奈月はホッとする。
「あとでお菓子を持ってくるわね」
「いいよ、忙しいだろ」
階段を降りていく母親に声をかけた御剣は、改めて奈月を見た。
「白衣……」
奈月がつぶやくと、御剣は「ああ」と気づいたようにうなずいた。
「母さんは脳科学者で、家で研究してることも多いんだ。仕事中は白衣を着ていたほうがメリハリがつくし、気持ちがピリッとするんだってさ」
(科学者ってすごい!)
だから御剣くんも頭がいいのかなあ、と奈月は思った。
「で、なんの用?」
「えっと……」
緊張して言葉が詰まってしまう。しかし、ずっと言いたかった言葉を、やっと伝えられるのだ。奈月は勇気を出した。
「御剣くん、ありがとう! それから、ごめんなさい!」
奈月は頭を下げた。
「あの日、わたしをかばってくれて。でも、そのあと、御剣くんが佐々木くんたちに意地悪されるようになっちゃって……。わたし、見てたのに、とめられなくて。御剣くん、学校に来れなくなっちゃって……」
奈月は頭を下げたまま言った。スリッパをはいた自分の足と、御剣の足が見える。
「入れよ」
ドアを大きく開けて、御剣が部屋に招いてくれた。
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