2 願いを叶えていいのか問題

3/6
前へ
/29ページ
次へ
「おれのことは、お守りだと思えばいい。おれがその場にいないと、叶えたいと思ったときに願えないだろ」 (やっぱり、それが目的なんだね)  奈月は苦笑した。 「そんなにお仕事が大事?」 「おれは魂を回収するために生まれたんだ。大事かどうかは問題ではないんだよ」  奈月は、あれっと思う。その声はとても重くて、沈んでしまいそうに聞こえた。 「本当は、したくないことなの?」 「そういう問題ではないと言っているだろ」  コタロウは両前足の上に顎をのせて体を伏せた。 「ただ、悪魔として生まれたのは損だと思ってる。運命ガチャに失敗した」 「運命ガチャ」  悪魔らしくない言葉に驚いた奈月は、じわじわと笑いがこみ上げてきた。悪魔に親しみがわいてきたのだ。 「わたしも失敗した。性格ガチャ」 「性格なんて、変えられるだろ」 「変わらないよ」 「そうか? やる気次第だと思うが」  疑うような目を向けていたコタロウは、「まあいい」と言いながら立ち上がった。 「御剣の家に行くぞ!」 (忘れてなかった)  奈月は乗り気ではなかったが、コタロウに急き立てられて、仕方がなく家を出た。コタロウを大きめのスポーツバッグに入れて、顔を出せる程度にチャックを開ける。  御剣の家はそれほど離れていないので、集団登校の班は違っても自然に覚えていた。壁が白いタイル地の一戸建てだ。  チャイムを鳴らすと、御剣蓮の母親が玄関の扉から現れた。さすが親子で、整った顔の作りがよく似ている。  ただ、なぜか医者のように白衣を着ていた。 (どうして家で白衣を着ているんだろう?) 「あの、御剣くんと同じクラスの、和泉奈月です」  奈月はペコリと頭を下げた。緊張して声が震えてしまった。 「まあ、蓮のお友達? 珍しいわね。どうぞ、入って入って」  母親は笑顔になって奈月を招き入れた。 (あっさりと入れちゃった。追い返されるかもって思ってたのに)  母親の後に続いて二階に上がる。 「蓮、お友達よ」 「友達?」  部屋の中から御剣の声がした。ドアが開くと、黒いYシャツとカーゴパンツを身に着けた、教室で見慣れた御剣が出てきた。こうして正面に立つと、やっぱり背が高いな、と思う。奈月と二十センチ近く差がありそうだ。 (よかった、顔色も悪くないし、ガリガリに痩せてない)  奈月はホッとする。 「あとでお菓子を持ってくるわね」 「いいよ、忙しいだろ」  階段を降りていく母親に声をかけた御剣は、改めて奈月を見た。 「白衣……」  奈月がつぶやくと、御剣は「ああ」と気づいたようにうなずいた。 「母さんは脳科学者で、家で研究してることも多いんだ。仕事中は白衣を着ていたほうがメリハリがつくし、気持ちがピリッとするんだってさ」 (科学者ってすごい!)  だから御剣くんも頭がいいのかなあ、と奈月は思った。 「で、なんの用?」 「えっと……」  緊張して言葉が詰まってしまう。しかし、ずっと言いたかった言葉を、やっと伝えられるのだ。奈月は勇気を出した。 「御剣くん、ありがとう! それから、ごめんなさい!」  奈月は頭を下げた。 「あの日、わたしをかばってくれて。でも、そのあと、御剣くんが佐々木くんたちに意地悪されるようになっちゃって……。わたし、見てたのに、とめられなくて。御剣くん、学校に来れなくなっちゃって……」  奈月は頭を下げたまま言った。スリッパをはいた自分の足と、御剣の足が見える。 「入れよ」  ドアを大きく開けて、御剣が部屋に招いてくれた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加