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奈月はその場に、ペタリと座り込む。
「御剣くん、どうしよう……」
「おい、なんだよ突然」
泣き出しそうになっている奈月の前で、御剣がかがんだ。
「あのね、わたし、御剣くんのためになると思って……」
奈月は悪魔と契約したことを話した。
そもそも御剣が学校に登校したいと思っていないなら、奈月の願いは必要ない。しかし、なにも願わなくても、一週間後には奈月は悪魔に魂を取られてしまうのだ。
話を聞き終えた御剣は、フローリングの床に胡坐をかいた。そして、あわれんだような表情で、うつむき気味の奈月の顔をのぞき込む。
「和泉は本ばかり読んでるから、夢と現実がごっちゃになってきたんだな」
(うわっ、ぜんぜん信じてくれてないっ!)
確かに、悪魔と契約をして一週間の命なのだと言っても、簡単には信じられないだろう。
「そうだ! 証拠があるよっ」
奈月はスポーツバックから、コタロウを取り上げた。
「犬を連れてきたのか」
「うん。中に悪魔が入ってるの。だからしゃべるんだよ。ね、コタロウ」
コタロウは膝の上から、奈月を見上げた。
「ワン」
「ちょっとコタロウ、ちゃんとしゃべってよ」
「ワン、ワン」
「しゃべらねえじゃん。やけに声が低いけど」
(どうして話してくれないの! これじゃ、わたしがウソツキになっちゃうじゃないっ)
揺すってもくすぐっても、コタロウは人の言葉を話してくれない。
「御剣くん、わたし、うそついてない」
仲良くなれるかもしれないと思っていた御剣に、おかしな女の子だと思われたらどうしようと、また奈月は泣きたくなった。
「わかってるよ。和泉はうそをつくタイプじゃなさそうだもんな」
御剣は立てたひざの上で頬杖をついて、興味深そうな顔で奈月を見た。
(御剣くん、信じてくれるの?)
奈月はうれしくなった。
「おそらく、イマジナリーフレンドってやつだ」
「イマジ……なに?」
「心理学とかの言葉でさ、直訳すると、空想の友人。意味はそのままで、存在しない人間や動物を、友達にすることだ。実際の動物と会話ができると思い込むパターンもある。たとえほかの誰に理解されなくても、本人には見えたり聞こえたりするんだから、うそはついていない。子供特有の現象らしい」
(御剣くん、ものすごい勘違いしてるっ)
「ち、違う。そういうのじゃないの」
そのとき、くいくいとコタロウが奈月のスカートを噛んで引っ張った。「ちょっと来い」と言っているようだ。引っ張られるまま、奈月は四つんばいでフローリングを移動する。畳と違って床が固いので、膝が少し痛い。
部屋の端に到着すると、コタロウは前足を招くように動かす。「顔を近づけろ」ということのようだ。奈月はふせって、鼻先が当たるくらいにコタロウに顔を寄せた。
「引っ張るよりも話す方が早いのに。なんでしゃべってくれなかったの?」
奈月は状況につられて、小声で文句を言った。
「おまえの願いと関係がないヤツに言葉を聞かせたって、面倒になるだけで意味がない」
コタロウは鼻で笑った。奈月はむっとする。
「それより、佐々木ってやつのところに行くぞ」
「えっ、なんで? イヤだよ」
「そいつが奈月やそこの御剣をいじめていたヤツなんだろ? うらみがあるだろ」
「別に、佐々木くんは、そこまでじゃ……」
佐々木はしつこく文句を言ってくるだけだった。今後ヒートアップしたかもれないが、御剣がとめてくれた。
「奈月は一週間以内に、願いを作らないといけない。ムダ死になんてイヤだろ? おれは一刻も早く犬から抜け出したい。佐々木ってヤツに会えば願いができるだろう。ウィンウィンだ」
「ウィンウィンってなに?」
「ウィンは“勝つ”だ。おまえもおれも勝ち、得する、おたがい幸せという意味だ」
なるほど。いい言葉だな、と奈月は思う。
「でも、恨んでないからと言って、佐々木くんのためになることを願いたくないよ」
「ムカついたら、こらしめたいと思うだろ?」
「なんかそういうの、ヤダ」
「なんでだよ。じゃあ、そうだな。おまえらしく言うなら、“佐々木くんのゆがんだ性格を直して、みんなハッピーになれますように”かな」
「だったら、世界中の人がハッピーになれますようにって願うよ」
「コムスメ一人の対価で、世界がハッピーになれるわけないだろ」
コタロウのひどい言い草に奈月は怒って、眉をつり上げた。
「なんでも願いを叶えてくれるんじゃないの?」
「ものごとには相場というものがある」
「おい和泉、部屋のすみで犬となに話してるんだ。せっかくならオレにも聞かせろよ」
御剣に呼びかけられた。
「ごめんね御剣くん。もうちょっと待って」
(オレにも聞かせろって、御剣くんも少し変わってるよね)
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