2 願いを叶えていいのか問題

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 奈月はその場に、ペタリと座り込む。 「御剣くん、どうしよう……」 「おい、なんだよ突然」  泣き出しそうになっている奈月の前で、御剣がかがんだ。 「あのね、わたし、御剣くんのためになると思って……」  奈月は悪魔と契約したことを話した。  そもそも御剣が学校に登校したいと思っていないなら、奈月の願いは必要ない。しかし、なにも願わなくても、一週間後には奈月は悪魔に魂を取られてしまうのだ。  話を聞き終えた御剣は、フローリングの床に胡坐をかいた。そして、あわれんだような表情で、うつむき気味の奈月の顔をのぞき込む。 「和泉は本ばかり読んでるから、夢と現実がごっちゃになってきたんだな」 (うわっ、ぜんぜん信じてくれてないっ!)  確かに、悪魔と契約をして一週間の命なのだと言っても、簡単には信じられないだろう。 「そうだ! 証拠があるよっ」  奈月はスポーツバックから、コタロウを取り上げた。 「犬を連れてきたのか」 「うん。中に悪魔が入ってるの。だからしゃべるんだよ。ね、コタロウ」  コタロウは膝の上から、奈月を見上げた。 「ワン」 「ちょっとコタロウ、ちゃんとしゃべってよ」 「ワン、ワン」 「しゃべらねえじゃん。やけに声が低いけど」 (どうして話してくれないの! これじゃ、わたしがウソツキになっちゃうじゃないっ)  揺すってもくすぐっても、コタロウは人の言葉を話してくれない。 「御剣くん、わたし、うそついてない」  仲良くなれるかもしれないと思っていた御剣に、おかしな女の子だと思われたらどうしようと、また奈月は泣きたくなった。 「わかってるよ。和泉はうそをつくタイプじゃなさそうだもんな」  御剣は立てたひざの上で頬杖をついて、興味深そうな顔で奈月を見た。 (御剣くん、信じてくれるの?)  奈月はうれしくなった。 「おそらく、イマジナリーフレンドってやつだ」 「イマジ……なに?」 「心理学とかの言葉でさ、直訳すると、空想の友人。意味はそのままで、存在しない人間や動物を、友達にすることだ。実際の動物と会話ができると思い込むパターンもある。たとえほかの誰に理解されなくても、本人には見えたり聞こえたりするんだから、うそはついていない。子供特有の現象らしい」 (御剣くん、ものすごい勘違いしてるっ) 「ち、違う。そういうのじゃないの」  そのとき、くいくいとコタロウが奈月のスカートを噛んで引っ張った。「ちょっと来い」と言っているようだ。引っ張られるまま、奈月は四つんばいでフローリングを移動する。畳と違って床が固いので、膝が少し痛い。  部屋の端に到着すると、コタロウは前足を招くように動かす。「顔を近づけろ」ということのようだ。奈月はふせって、鼻先が当たるくらいにコタロウに顔を寄せた。 「引っ張るよりも話す方が早いのに。なんでしゃべってくれなかったの?」  奈月は状況につられて、小声で文句を言った。 「おまえの願いと関係がないヤツに言葉を聞かせたって、面倒になるだけで意味がない」  コタロウは鼻で笑った。奈月はむっとする。 「それより、佐々木ってやつのところに行くぞ」 「えっ、なんで? イヤだよ」 「そいつが奈月やそこの御剣をいじめていたヤツなんだろ? うらみがあるだろ」 「別に、佐々木くんは、そこまでじゃ……」  佐々木はしつこく文句を言ってくるだけだった。今後ヒートアップしたかもれないが、御剣がとめてくれた。 「奈月は一週間以内に、願いを作らないといけない。ムダ死になんてイヤだろ? おれは一刻も早く犬から抜け出したい。佐々木ってヤツに会えば願いができるだろう。ウィンウィンだ」 「ウィンウィンってなに?」 「ウィンは“勝つ”だ。おまえもおれも勝ち、得する、おたがい幸せという意味だ」  なるほど。いい言葉だな、と奈月は思う。 「でも、恨んでないからと言って、佐々木くんのためになることを願いたくないよ」 「ムカついたら、こらしめたいと思うだろ?」 「なんかそういうの、ヤダ」 「なんでだよ。じゃあ、そうだな。おまえらしく言うなら、“佐々木くんのゆがんだ性格を直して、みんなハッピーになれますように”かな」 「だったら、世界中の人がハッピーになれますようにって願うよ」 「コムスメ一人の対価で、世界がハッピーになれるわけないだろ」  コタロウのひどい言い草に奈月は怒って、眉をつり上げた。 「なんでも願いを叶えてくれるんじゃないの?」 「ものごとには相場というものがある」 「おい和泉、部屋のすみで犬となに話してるんだ。せっかくならオレにも聞かせろよ」  御剣に呼びかけられた。 「ごめんね御剣くん。もうちょっと待って」 (オレにも聞かせろって、御剣くんも少し変わってるよね)
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