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七瀬は一臣の耳元で囁く。それに一臣の耳がみるみるうちに赤くなり、一臣は言葉を上ずらせて答える。
「大人をからかわないでください」
近衛さんの言葉を受け、僕は冷静さを取り戻していたように思う。本当は違う答えを期待していたのかも知れないけど、今になって思えばこれで良かったんだなって思う。
「やだなぁ、近衛さぁん。冗談っ。冗談ですよぉ」
「それならばいいのですが」
俺は七瀬の言葉に何処かがっかりしていた。別にこれ以上の何かを求めていた訳では無いが突き放されたような寂しさをかんじていた。まあ、おかげで冷静さを取り戻せていたので結果的には良かったわけだが。
「そう、冗談ですぅ。さっきのは事故ですぅ」
僕はもう一人の自分に言い聞かせるようにそう言葉を近衛さんに返していた。返しながら自分に本当に事故だったのと自問自答しながら……。
「本当気を付けて下さいよ」
俺は七瀬の言葉でショックを受けていた。それは七瀬が事故と言った事ではなく、それにがっかりした自分がいた事で気付きたくない感情だったように思う。俺は七瀬を女性として意識していたんだと気付かされていた。
この後は何か特別な事が起こることなく時間は進み、勤務時間の終わりを告げるメロデイーが鳴る。
それと同時に課長の田宮は「お疲れ」と言葉を残して、そそくさと帰宅の途につく。七瀬と一臣だけがそこに取り残される。沈黙を破ったのは七瀬だった。
「僕残業あるんで、あがって貰ってもいいですよぉ」
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