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それからすぐに航平の歌は完成し、約束通りフェスで歌う為に仕上げた。
『Daybreak』
白昼夢とは対照的な、躍動感があって力強い歌。
温厚な航平が作ったと思えないような、とても扇情的な歌だ。
「じゃあ、俺は客席で観てるから」
航平の車を降り、微笑み合う。
フェス当日。今日、会場でこの歌を歌う。
それはハッキリとした復縁を意味していた。
これから先、航平と共に人生を歩んでいくことを。
真昼との、決別を。
____「真昼さん来ました!」
バックステージの通路を歩く途中で、一際賑わっている人達を傍観した。
ちょうど、NICOLEが到着したところだった。
「生の真昼さんだ!」
「今日楽しみにしてます!」
真昼は、航平のカミングアウトにより、Daydreamの真の作曲者として瞬く間に脚光を浴びた。
今では誰もが知っている有名な作曲家で、アーティストとしての人気も高い。
二世歌手である私には、手が届かないほどの。
一瞬だけ、佇む私の方に視線を移す真昼。
その目は冷ややかで、あの日々の無邪気な面影は全くない。
すぐに目を逸らす。
まるで、もう私は用済みだと言うように。
……やっぱり私に近づいたのは、航平に曲を取られた腹いせだったの?
自分の栄光を取り戻す為だけに、私と共に過ごしたの?
『いつか必ず、紗莉が歌う歌を俺が作るって決めたんだ』
あの言葉も、全部嘘だったの?
「真昼っ!」
案の定彼は、誰もいない喫煙室に居た。
煙草を咥え、気怠そうに私を見据える。
「透子さんが顔見せないって心配してたよ。今どこに住んでるの?」
彼は何も言わず、私に背を向けて白い煙だけ吐いた。
「早く行けよ。こんな空気吸うもんじゃない」
自分のことを棚に上げて突き放す真昼に、苛立ちが募る。
「顔色悪いよ。ちゃんと眠れてる? またジャンクフードばかり食べてるんじゃない?」
動揺して咽せる真昼に、少しだけ安堵した。
あの家の空気が、僅かに蘇る気がして。
「紗莉こそ、……あいつとうまくいってるか?」
ふいに私の左手に触れる真昼。
久しぶりに感じる彼の温もりに、喉の奥がぐっと鳴った。
愛しい。恋しい。寂しい。
あらゆる感情が込み上げて、胸を締めつける。
薬指の指輪を指でなぞって、真昼は悲しげに微笑んだ。
「幸せになれ。紗莉。今のお前なら、自分の力で生きていける」
どうしてそんなことを言うの。
私をそうやって変えてくれたのは、他でもなく真昼なのに。
手を離すと、真昼は煙草の火を消して喫煙室から出た。
まだ左手がじんじんと熱を帯びている。
鼓動も高鳴ったまま。
真昼の、分厚く硬くなった指先の感触を思い出しながら、煙草の匂いの中に微かに混ざる彼の残り香を、いつまでも感じていた。
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