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「紗莉、お誕生日おめでとう」
航平はそう微笑んで、黄金色のシャンパンを揺らした。
高層のホテルから見下ろす夜景は見慣れているはずなのに、今日だけはやけに輝いて見える。
「……ありがとう」
9月8日。
今日は私の25回目の誕生日。
きっと両親は思い出してもないだろう。
「見なよ。祝福の嵐じゃん。Sallyの人気は凄いな」
テーブルに置かれていたスマートフォンを手に取り、歯を見せて笑う航平。
SNSでは、“Sally”への誕生日祝いのメッセージで賑わっている。
確かに嬉しい。
五年間、頑張って地道に歌手活動を続け、やっとのことで日の目を見るようになった今。
それでも日毎かけ離れていくようなSallyとしての自分と現実の自分に戸惑い、世間の評価に追いつけない。
「そんな顔しないで」
航平はベッドに座る私の隣に腰かけ、頬を撫でた。
「紗莉は皆から愛されてるんだから」
ううん。違うの。
そう言いかけて口をつぐんだ。
本当の私が生まれたことを祝ってくれるのは、きっと世界中でこの人しかいない。
「航平、愛している」
指を絡めて、そっと口づけを交わしシーツの海に沈んだ。
「……愛してるよ」
航平に愛されているだけでいい。
この人の歌を歌えるだけで。
「あっ……」
微かな愛撫の音と衣擦れの音だけが耳にじんと伝わり、頭がぼんやりとしてくる。
私が生きていると実感できるのは、こうしている時と歌っている時、この二つだけだ。
「っ今度は……君とのウエディングソングかかないと」
「気が早いよ」
くすくす笑って、何度もキスをして。
二人きりの時だけつける薬指の指輪が、快感の波に合わせ揺らめくのを見つめていた。
「航平……好き」
「ん……愛してる」
まるで白昼夢のような眩い幸福。
愛も夢も、全て手に入れたはずなのに。
どうしてこんなにも、胸騒ぎがするんだろう。
何故涙が止まらないの。
「結婚……しよう、っ紗莉」
「うん……」
彼にしがみつき小さな悲鳴を上げて、ビクビクと脈打つ熱を身体の奥で受け止めた。
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