突然の悲劇

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「Sallyさん、アルバムダウンロード一位ですって!」  メイク室で鏡越しに女性が目を輝かせ、私の長い髪をとかした。 「超人気アーティストの仲間入りですね!」 「……まだまだ、そんなんじゃ」 「謙遜しないでくださいぃー」  芸名、Sallyとして活動して五年。  今でこそ少しだけ名が知られるようになったけど、周りのスタッフ達がこうやって私の機嫌をとってくれるのは売れる前からのことだった。  両親のせいだ。  大手芸能事務所の社長である父と、有名な歌手である母の七光り。  世間には未だ隠してはいるけれど、内部では噂は瞬く間に広がって。  今では私にネガティブな発言をしてくれる人は一人もいなくなった。  それがすごく、居心地が悪い。 「Sallyさん、綺麗だし才能もあって、惚れ惚れしちゃいますぅ。さすがSaoriさんの娘!」 「……ありがとうございます」  綺麗に塗りたくられた、鏡の中の母そっくりの自分に、ため息を我慢する。 「曲も良いですよね! 特にDaydream! めちゃくちゃ泣けます」  Daydream。恋人であり作曲家の航平が私の為に作ってくれた歌。  そのタイトルを耳にしただけで、ホッと胸が安らぐ。  彼はまるで精神安定剤のような存在。  声も笑顔も、作り出す歌さえも。 「今日も収録、頑張ってください。Sallyさんの生歌、楽しみぃ」 「ありがとうございます」  ヘアメイクを終えると、コツコツとヒールの音を響かせスタジオに入る。  シンプルな黒のドレスを翻し、スタッフ達の挨拶を返しながらマイクスタンドの前まで辿り着いたら。  目を閉じて、ひとつ深呼吸をした。  大丈夫。  そんな彼の声を思い出して。 「お願いします」  スタッフのかけ声と共に伴奏のピアノが流れ出す。  震えを隠すようにして毅然と目の前を見つめると、覚悟を決めたように声を出した。  皆が絶賛する“才能”なんて真っ赤な噓で。  未だに緊張を拭えない臆病な性格を隠す奇妙な狡猾さと、ただただ母の顔色を伺いながら毎日のようにレッスンに明け暮れた苦労の賜物でしかない。  それでも、歌は好きだ。  だって彼が褒めてくれたから。  彼の歌を、自分のものにできるんだから。 Daydream 何もかもが覆される まるで真昼に見る夢みたい 目に映るもの全て 信じられないほど儚い  そうだ。この儚く脆い噓だらけの世界で、きっと歌い続けてみせる。  貴方に愛されるのならば。
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