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雑木林の道を抜けて、やがて見えてきた洋館。
側にあった小さな駐車場に車を停め、私達は厳かな門をくぐった。
微かに子供の笑い声が聞こえる。
広大な庭園は冬なのに丁寧に整えられていて、今は花が咲いていないけれど美しかった。
「いらっしゃい」
インターホンを鳴らすと、すぐに出てきてくれたシスター姿の高齢の女性。
声色と笑顔はチャーミングで優しく、僅かに感じていた緊張感もほぐれた。
「久しぶり。透子さん」
真昼が透子さんと呼んだ女性は、嬉しそうに目尻を下げた。
「久しぶりね。音楽会以来かしら。真昼、元気そうで良かった」
二人の話によると、真昼はバンドメンバーと共にここへ訪れては、皆に演奏を披露しているらしい。
「透子さん、俺の大切な人を連れて来た」
紛らわしいことを言う真昼を小さく小突いて、私も透子さんに挨拶する。
「初めまして。紗莉です」
「いらっしゃい紗莉ちゃん。……大きくなったわね」
涙を滲ませる透子さんに驚く。
彼女は私を知っているようだった。
再び彼女を見つめた瞬間、胸が締めつけられ、懐かしさに満たされる。
そうだ。
私はここに、来たことがある。
「寒いでしょ、入って」
外観は厳かな洋館だけど、中に入るととても温かみがある空間だった。
少しだけ、学校のような独特のキリッとした空気もある。
漠然とした懐かしさは感じるのに、やっぱり思い出せない。
「こんにちはー!」
入るとすぐに子供達が遊ぶ広場がある。
元気な挨拶をかけてくれて、思わず顔が綻んだ。
「こんにちは。お邪魔します」
よく見ると様々な年齢の子供達は、皆で一枚の大きな模造紙に絵の具で絵を描いている。
「おねーちゃん、誰?」
五歳くらいの女の子が、赤い絵の具がついた筆を手に近づく。
目いっぱい楽しんでいる様子で、長袖のワンピースは絵の具まみれだ。
「わっ」
駆けて来た女の子は、勢い余ってつんのめった。
咄嗟に腕を伸ばし、女の子を抱き止める。
「大丈夫?」
「うん」
久しぶりに感じる人の温もりに、心がホッとして小さなあかりが灯るのを感じた。
「大丈夫か、紗莉。うわ、服汚れてんじゃん」
真昼が言うとおり、アイボリーのニットワンピースは絵の具がべっとりとついている。
「大丈夫よ。これくらい」
心配そうに見上げる女の子に、満面の笑みで笑った。
なんだろう。
すごく懐かしいし、優しい気持ちになれる。
こんなふうに心が穏やかな温かさに包まれるのは、久しぶりだ。
「ね、私も入れて」
「うん! いーよー!」
女の子は嬉しそうに私の手を引いた。
真昼はどこか呆れたように言う。
「もっと汚れるぞ」
「いいじゃない。思い出になるよ」
そう笑うと、真昼も優しく笑った。
「昔の紗莉みたいだ」
嬉しそうに目を細める真昼。
私は童心に返ったようにケラケラと笑って、子供達と夢中になって筆を滑らせた。
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