逃れられない罪

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『最後にもう一度だけ 愛してるって伝えたかった』  画面の中で歌う彼女の姿に、稲妻のような衝撃が走った。 前に進まなきゃ 全ては形を変え巡りゆく 乾杯しようこの夜に 私達の勇気を称えよう この瞬間を抱き締められる日が来るまで 私は振り返らない 生まれ変わる今夜 きっと私達の栄光の夜だから    震えが止まらなかった。  背中にじわりと汗が滲み、身体を急速に冷やしていく。  喉がカラカラに渇いて、嗚咽を感じるほど。  動悸と目眩に朦朧としながらも、この胸騒ぎは初めてではないことを悟った。  敗北感、屈辱、妬ましいほどの羨望。  自分では決して手の届かない才能に触れ、最も浅ましい方法でそれを奪った。  ……これはその報いか。  全てを思い出した時、隣には、ショートヘアの彼女が我が物顔でテレビのリモコンに手を伸ばしている。 「回そうか。航平。こんなの、くだらないわ」 「やめろ!」  俺の怒鳴り声に、彼女は唖然として固まる。  その左手には、見覚えのある指輪が光っていた。 「……なんで君がその指輪をしてるの?」  俺の恐ろしいほど冷淡な声に、みるみるうちに彼女の表情が曇っていく。 「それは君のじゃない」  俺が愛する人に贈った婚約指輪。  世界でたった一人の、命に代えてでも守りたいと思った女性に。 「紗莉……」  画面の中で歌う紗莉は眩しく、幸福に満ち溢れていた。  また、俺じゃない誰かの歌を歌うんだな。  逃れられない罪に向き合う時が来た。  そう思い知るには、あまりにも遅すぎたんだ。
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