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しばらくは動けなかった。
どうして航平がここに?
彼が私を呼ぶ声は、あの頃と変わらなくて。
「待って、真昼……」
私よりも一歩踏み出したのは真昼だった。
真昼はなんの感情も読み取れない表情で、黙ってドアノブに手をかける。
「紗莉……」
ドアが開いた瞬間、泣きそうな顔の航平に胸が締めつけられる。
同時に、どこか気まずいような、血の気が引いてくる感覚にも陥った。
「紗莉……ごめん。俺、」
すぐに航平の腕に包まれた。
懐かしい匂いが鼻をくすぐって、涙腺が緩む。
「俺、君に酷いこと……」
全てを悟ってしまった。
彼は思い出したんだ。
私のこと、二人の今までを。
……だけど私は。
私達を冷ややかな目で傍観する真昼と目が合う。
罪悪感が募って、すぐに身を捩った。
努めて冷静に声を出す。
「……航平。進藤さんは?」
例え航平が全てを思い出したとしても、もう状況が変わった。
彼はもう、違う女性を愛している。
「……別れた」
その言葉を聞いた瞬間、彼がここへ来た覚悟が伝わり益々胸が苦しくなった。
「紗莉。これを届けに来た」
彼が手にしているのは、私に贈ってくれた指輪。
今、それを見ても心が動かない自分にゾッとする。
「待たせてごめん。紗莉。愛してるんだ」
何故、今なのか。
ずっとずっと待ち続けていた言葉を、こんなに辛く思うなんて。
「受け取って。紗莉」
指輪を見つめ、微動だにできない自分がいた。
きっと、少し前の自分だったら、涙を流して喜んだはずだった。
でも、今は。
「ごめんなさい。受け取れない」
今は、真昼のことを。
ちらりと真昼を見上げたのを、航平は見逃さなかった。
「その男が好きだから?」
航平の問いに、恐る恐る頷く。
真昼は何も言ってくれない。
それがすごく、心細かった。
「……でも彼はきっと、紗莉のことを見てないよ」
航平が、脱力したように嘲笑う。
まるで、全てを見透かしたように。
「彼は俺に、仕返ししたいだけなんだ」
思いも寄らない言葉に耳を疑った。
「……どういうこと?」
真昼は何も言わない。
私とは、目を合わせてくれない。
「俺が彼の歌を盗んだから」
航平がはっきりとそう言った。
「Daydreamは、俺が作った歌じゃない。彼のものだ」
全てを理解した時、目の前が真っ暗になり力が抜けていくのを感じた。
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