幼き思い出

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 診察室から出てきた母は、項垂れていて手を繋いで入っていったはずの妹の佳苗の姿が見当たらない。 「どうしよう。かなた」  わたしは妹が診察室から出てこなくても、また入院したんだと思う子になっていた。隣の若い夫婦は、母に近づき囁く。 「お金なら工面します。その代わりに」  わたしは母の腕にしがみついた。ざらりとした髪がチクチクしたから、放したのか、お金と聞いたから放したのか。 「かなた、甘えないの!!」  母の声は震えていた。父と同じだ。男の子らしくいれば、褒めてくれる。母は妹の佳苗が助かればそれでいいんだ。  意味がわからなくても、もう両親には甘えられないと知った日。 ****  週末、電車に揺られながら都市部へと向かう。妹のそばにいなくていいのかと思ったが、はじめて両親を独占できる思いが勝っていた。  百貨店の入り口には病院で見た夫婦が待っていた。わたしたちよりも、お洒落な服を身に纏う。金色の腕時計に、ブレスレットを身に付けていて、住む世界が違う人たちだと思ってしまう。 「こんにちは。パフェ食べに行こうか?」 「はい」  男の子らしくあれと言っていた父が、前日に商店街へとわたしを連れていき、ピンク色の水玉ワンピースとローヒールがあるお洒落な靴を買ってくれた。  母は馴染みの床屋から、カツラをもらい三つ編みのカツラを被ったわたしは、静かに返事をした。 『かなた、嫌われもんは帰れんからな!!』  揺れる電車の中、父に何度も聞かされた言葉が過った。母は何も言わずにわたしの手の甲をただ、ただ、擦ってくれただけ。  嘘つきな両親だと気づいたのは、声を潜めて大人たちが話し合っていた場面を見たとき、ねずみ色の四角いケースには1万円札がぎっちりと詰められていて。両親は今までで見たことがないくらい微笑んでいた。 「好き嫌いないのね。偉いねぇ、偉いよ~」  伸ばされた手が三つ編みのカツラに揺れる。わたしは触られたくなくて動いた。ずれた前髪に向かいに座る2人は、ぎょっとし、父と母を見た。 「女の子なのに、丸坊主だなんて酷いことを・・・・」  おじさんが睨み付け、おばさんがカツラをそっと戻しながら、優しい声で問いかける。 「かなたちゃん、嫌だったでしょう」  百田夫婦は、病院で見たわたしの名からそして洋服を見て男の子と勘違いしていたらしい。2人は戸惑ったと思う、可愛らしい格好をしたわたしが現れたことに。  それでも、わたしを護るような言葉を向けてくれたおじさんとおばさんの言葉に、涙がポロポロ溢れていた。  男は泣くもんじゃないと父から教えられてきた。嫌われたと思ったわたしは、声を出さずに泣き続けた。  
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