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あれはまだ、佳苗が母のお腹の中にいた頃、両親は喧嘩が絶えず、わたしは耳を塞ぎながら、子供部屋の壁に丸くなっていた。
『男の子じゃなきゃいけないんですか?』
エコー写真を見せろと問い詰めた父に母が浴びせた言葉。父は反論して激昂する。
『それが、なんだ!!かなたの名前しか譲らない俺に文句を言ってたな』
『わたしだって名前をつけたかったのに、あなたが勝手に届けに出したから・・・』
母はそう言い子供みたいに泣いて、父はどかどかと廊下を歩いていた。
名付けた時からわたしを男の子として見ていた父。
別れ際に商店街で買ってくれた赤いランドセルや、可愛らしいワンピースや靴は、父なりの謝りかただったのかもしれない。
****
ごめんね、ごめんなさい
さっきから母はずっとわたしに謝り続けている。佳苗が生まれたときは、わたしが男らしくいたから、名前まで文句を言わなかったと弱々しく教えてくれた。
「もう絶対そんなこと言わせないって誓わせたから」
今ではすっかり逆転した佐藤家のパワーバランスに苦笑するわたし。
「百田家に養子になったときは、悲しかったけど、元気くんに出会わせてくれて、今は嬉しさでいっぱいだよ」
「百田さんには頭が上がらないわ。かなたを運命の人に会わせてくれたんだから」
母が目を細めて元気くんを見る。わたしはその言葉に力強く頷く。
理想の形とは違うのかもしれない。だけど、今の父は義理の息子である元気くんを本当の息子のように接してくれている。
ぽこぽことお腹を蹴ってくるまだ見ぬ我が子には、ありのままで生きていてほしい。
「おばあちゃんにしてくれてありがとう。ほらあなたも元気くんとばかり話してないで、かなたに、言うんじゃなかったの?」
居間で談笑していた父がわたしを見る。母は台所へと向かい、元気くんがわたしの近くに座る。
「ツライ思いをさせて、申し訳なかった。それと、おじいちゃんにしてくれてありがとう。かなた」
ちゃぶ台に額を擦り付けて謝ってくれる父。頑固な人で1度口にしたら曲げなかった父が頭を下げて、歳のせいなのかずいぶんと角がとれた気がする。
「もういいよ。あの時、ワンピースと靴買ってくれてありがとう」
顔をあげたしわくちゃな父の目から一筋の涙が溢れて、ちゃぶ台を濡らす。
「お義父さん、孫に甘々になったりして」
「そうかもしれないわ。ねぇあなた?」
台所から飲み物を運んできた母が戻り、父を見る。
そうかもしれんなと目を細める父の顔はすっかりおじいちゃんそのもので。
「お父さんったら、デレデレしちゃって」
ぶ、あははは
わたしたち親子は、久しぶりに声を出して笑っている。
終
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