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「重そうだね。それ、教室まで運ぶの? 手伝うよ」
初めての制服に慣れた頃、矢口に話しかけられた。私は赤くなった顔を隠すように俯いて頷くことしかできなかった。教室へノートを持っていく数分間。せっかくの機会なのに何を話していいか分からず、時間だけが過ぎた。それでも矢口の隣にいられることが嬉しくて、ずっと廊下が続けばいいのにと思った。
「ありがとう」
教室へ入るとき辛うじて言えた言葉に、矢口は小学生のときと変わらない柔らかな笑顔を浮かべた。
ああ。やっぱり私、矢口が好き。
矢口は野球部に入った。
坊主頭がこんなに似合うとは思わなかった。
好きだからどんな髪型でもかっこよく見えるのか、矢口がもともとかっこよすぎるからなのか分からない。
矢口のもつ優しげな爽やかさはそのままなのに、ボールを追うその姿には精悍な男らしさが加わった。
私はあの日から野球をしなくなったけれど、相変わらず髪はベリーショートのままだ。
似合ってるよねと言ってくれた矢口。まだそう思ってくれとうかな。
人を好きになるってエネルギーがいる。私は以前活発に動いて消費していた熱量を、全て矢口に使っていた。家でも、学校でも、塾でも。毎日矢口のことを考えた。もっと矢口を見たいし、話したい。そう思うのに、なかなかできない自分がいて、もやもやした。
そんなとき、なぜか中川の言葉を思い出した。
『らしくねえ』
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