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運動部に入れば良かったっちゃろか。
そうすればこのもやもやも解消できたかもしれん。
そう思いながらスケッチをする。
絵は上手ではないし、描くのが好きというわけではないけど、スケッチを理由に野球部の練習を見られる。美術部の特権だ。
スケッチをしているとボールが転がってきた。
私はスケッチブックを置いて、ボールを拾った。懐かしい感触。
「投げてもらえる?」
取りに来たのは矢口だった。
私は矢口のミットに向かってボールを投げた。
こ気味良い音がして、ボールが矢口のミットに収まる。
「ナイスボール! いい肩してるね!」
矢口は笑って言うとグラウンドの方に戻って行った。
「嬉しそうな顔しよって」
声にどきりとして私は振り返った。
「……なんだ、中川か。部活は?」
「今日は職員室に用事あったし、このまま帰ろうかと思っとる」
「ふうん」
「河合はいつまでスケッチするん? ちょっと付き合わん? アイス奢るけん」
私は中川の顔を見た。中川は少し寂しげに見えた。
「買い食いは校則違反やよ。……でもアイス二個で手を打っちゃる」
「はあ。相手が矢口やったらそれ言わんやろ?」
「なんで矢口?」
「バレバレ。まあ、今日は特別たい。二個やるけん、早く準備せろ。校門で待っとる」
なんで私、中川と二人でアイスを食べとるっちゃろ?
小学生のとき、野球の帰りに買ってた自販機のアイスを口に含むと、懐かしい味がした。
「チョコミント昔から好きやな、河合」
「うん」
「も一本はクッキークランチ?」
「え? うん」
チョコミントの棒アイスを食べ終えた私に、中川が次のアイスを渡してきた。
「で? 話があるっちゃないと?」
私はクッキークランチも食べ終えて、中川を見た。中川は困ったような顔をしていた。
「この前、さ。林に告白されたろ?」
私は自分の頬が熱を持つのを感じた。
そう。私は生まれて初めて男子から告白されたのだ。
「な、なんで知っとーと?」
「本人から聞いた。フラれたって」
自分の知らないところで話が筒抜けなのは面白くなかった。
「そ、それで? 中川に関係なかやん」
「まあ、そーなんやけど。林、お前があの河合だって分からんかったげな」
「え?」
「ゴリ女は、いくら制服着て女らしくしたところで、ゴリ女やのに、林は騙されたったい」
「べ、別に騙してなんかなかもん。そげなこと言うためにアイスくれたと?」
私は久しぶりにゴリ女と言われてむっとする。お前はまだ女子じゃないと言われている気がした。
「そーじゃなか」
中川はなんとも言えない顔になった。
「俺とおるときは河合はそんな変わらん。けど、窮屈じゃなかと? 女ぶっとるとき」
中川に言われて、心がザワザワした。
女ぶっとるてなに? 私女やもん。
「そんなん、中川になんで言われんといかんと? 私は別に窮屈なんかじゃなか!」
中川はため息をついた。
「なら、よか。俺さ、転校することになった。二学期から大阪の学校に行く」
「え?!」
話の急展開についていけなかった。中川が言いたかったのは、このことだったっちゃろか。
私はしばらく言葉を発せなかった。
「腕相撲、負けたままやな。カッコ悪」
中川は泣きそうな顔で笑った。初めて見る表情だった。
なんでこんな顔するっちゃろ。そして、なんで私まで泣きそうになっとるっちゃろ。
「似合わん制服姿の河合見るのも飽きたところやった」
「中川もブレザー似合っとらんし」
中川には散々言われ、言ったけど、嫌いなわけじゃなかった。いて当たり前だと思ってた。
「次のとこは学ランげな。……元気でな、河合」
「中川もね」
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