第10話

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第10話

 聖女の即位式が水無月に決まり、貴族議会に名を連ねている貴族たちに向けて、招集がかけられた。  聖女誕生の知らせに貴族議会が水面下でざわめきを見せていた時に、突然の訃報が飛び込んできた。  いつになく暗い表情のエルモンドにロゼッタは不安を覚えた。 「ロゼッタ様、昨晩未明、教王様が亡くなられました。死因はまだ発表されていません」 「そんな!教王、昨日お会いしたときは、あんなに元気だったのに!」ロゼッタの頬を涙が濡らした。  アリーチェがロゼッタの隣に座り、肩をしっかりと抱きしめた。 「ロゼッタ様、親しい人が亡くなるのは悲しいことです。ですが、教王様は今、女神様や原初の神エビネ様、大陸をお造りになったエリンジウム様の元におられるのです。今頃、教王様は『大慶至極!』と言って笑っておいででしょう。鋭敏ですが、どこか飄々としたところが憎めないお方でしたからね」 「コロニラのためにその生涯を捧げ、尽力してきた方です。その高潔さに恥じないよう、盛大に送り出して差し上げましょう」エルモンドが言った。  エルモンドはこの突然の死に、不審を抱いていた。たとえ高齢とは言え、定期的な健診を欠かさなかったし、日頃から摂生していた。  ならば事故死?となると状況が気になる。もしかすると教会の派閥争いが、聖女誕生によって表面化したのではないだろうか?という疑いが頭をもたげた。  エキナセア教会は以前から、教王パトリツィオ・コルベール派とアレッサンドロ・モディリアーニ枢機卿派に分かれていたことは、周知の事実だ。  3人いる枢機卿のうち、教王派であるサミュエル・エルカーン枢機卿は、持病の悪化を理由に、来年の卯月をもって、引退すると表明しているから、傍観するだろう。  エドアルド・ファンファーニ枢機卿はモディリアーニ枢機卿派だから、次期教王がモディリアーニとなるのは必然だ。  教王パトリツィオ・コルベールの死を詳しく調べる必要がある。こちらに火の粉が降りかかる可能性は、ゼロじゃないと、エルモンドは考えた。  国の存亡は聖女にかかっている。なぜなら『聖女が国を去るとき、女神の加護も消滅する。女神に愛されし聖女を敬わなければ、滅びの国となるであろう』と、古い文献に記されているからだ。  聖女が平穏無事であれば、国も平穏無事でいられる。そのため、教王よりも国王よりも聖女の権力は大きい。傀儡にしようとする動きがあるかもしれない。  エルモンドは既に、訃報を受けてすぐ、ジェラルドとこの件について話し合っていた。同僚騎士が、コルベールの死因を調べるため立ち上げられた、調査委員会の委員に任命されたと知り、優先的に情報を得られるよう根回しまでしておいた。  1か月間、ビールを奢ってやらなければならないのは痛いが、やむを得ない。聖女を守るためだ。  ロゼッタには真相が明らかになったとき、話すとしよう。教王を尊敬していた彼女が傷つかないよう、ただの事故死であって欲しいと、エルモンドは願った。  1週間後、エルモンドの期待は、裏切られる結果となった。  教王の死因が判明、服毒死。 「ロゼッタ様、教王の死因が判明しました。毒性のあるキノコを食べたことによる服毒死です」 「キノコ?なぜそんなものが……食材は徹底的に管理されているのでしょう?」ロゼッタが訊いた。 「そのキノコはドクツルタケ、死の天使の異名で知られていますが、ツクリタケとよく似ています。業者が間違えて採取してしまった、というのが、調査委員会の見解です。問題の業者ですが、神殿は複数の業者と取り引きしていたため、追跡不可能という見解を示しました」  ジェラルドが後を引き継いだ。「こちらで調べたところ、神殿はこの2か月の間に、業者を増やしています。キノコの納品に問題があったわけではないのに、新たに契約農家を増やす理由が分かりません。意図的だった可能性があります」 「意図的?エルモンドとジェラルドは、教王が殺されたと思っているのでしょうか?」 「そうです、ロゼッタ様。実はコルベール様が教王に即位されるさい、少なからず反発があったのです。モディリアーニ枢機卿派から。今、エキナセア教会は揺れています。教王コルベール派とモディリアーニ枢機卿派の対立が起こるはずです」エルモンドが答えた。 「エルモンドはこちらにも影響があると考えているのですね」ロゼッタが言った。 「はい、モディリアーニ枢機卿は食えない男です。私利私欲を満たすためなら、どんなことでもする。聖女誕生を絶好の機会と思ったのでしょう。ロゼッタ様を傀儡にして、絶対的な権力を握るつもりなのかもしれません。用心なさったほうが良いでしょう」 「今こそ教王様が仰っていたように、味方になってくれる人を厳選するときですよ。俺もエルモンドも、アリーチェ侍女長も、長く王宮にいます。ちょっとの賄賂は必要ですが、それ相応の情報が入ってくるんで、頼っていいですよ」ジェラルドは拳で胸をトンと叩き、自信満々に言った。 「ありがとうございます、ジェラルド。皆さんには迷惑をかけてしまいますわね。ここに来てからの3か月、ずっと支えてくれていたことに、感謝していますわ。専属侍女の皆さん、そしてエルモンドとジェラルド、あなたたちを信じますわ」 「侍女は噂好き——ですのよ。それに侍女の連絡網を、侮らないでくださいませ。どんな密偵よりも優れておりますから。各家門の弱みは、網羅しておりますわよ」アリーチェが言った。 「それは……怖いわね」ロゼッタが答えた。 「ええ、殿方は女を侮るべきじゃないのです。女こそ恐れるべきなのですわ」 「アリーチェ侍女長と、母上のことは日頃から恐れていますよ」ジェラルドが言った。 「ジェラルドは、お母上様と暮らしているのでしたわね。孝行息子で、さぞお喜びでしょう」きっとジェラルドは結婚したら、妻の尻に敷かれるだろうと想像したロゼッタは、笑いながら言った。 「違いますよ、母上から自分を蔑ろにしたら、金玉を取ると脅されているのですよ」 「まあ!」ロゼッタは驚き、目を丸くした。 「ジェラルド!ロゼッタ様になんてこと言うんだ!」エルモンドはジェラルドの頭をごつんと殴った。「すみませんロゼッタ様、こいつはただのマザコンなんです」 「違う!マザコンじゃない!ただ俺の母上は強烈なんだ!逆らうなんて命知らずなことできやしない」  アリーチェは2人の言い争いに呆れ、ロゼッタは愉快そうに笑った。
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