194人が本棚に入れています
本棚に追加
第34話
カーテンから、漏れ出た朝日が顔にあたり、ロゼッタは目を覚ました。起き上がって周囲を見渡したが、見覚えのない部屋だ。
聖女宮の寝室ではないし、領主館の部屋とも違う。
「あら?私どうしたのかしら、ここはどこ?さっきまで私……」
アロンツォに馬車へ押し込められ、連れて行かれたが、エルモンドたちが、助けに来てくれたこと、アロンツォに剣で刺されたことを、ロゼッタは思いだし、刺されたはずのところを確認した。
「確か、ここを刺されたのよね?傷がないわ。夢でも見たのかしら、エルモンドとジェラルドは、どこへ行ったの?アリーチェ?」
誰の返事もない。ロゼッタは状況が分からず、誰か分かる人を探そうと思い、ベッドから出て、パジャマのまま部屋の外へ出た。
「すごい神殿ね、王都の神殿より、大きくて荘厳。だけど、どうしてかしら、ここに来たことがある気がする——おでかけすることなんて、あまりなかったから、来たなら覚えているはずなのに」
「それは、其方の生まれる前の記憶だ」
「わっ‼︎驚いてしまいましたわ——」ロゼッタは、背後から突然声をかけられ、飛び上がった。誰に声をかけられたのか、その顔を見て気がつき、さらに驚き、腰を抜かしそうになった。「まあ⁉︎エキナセア様?」
「ロゼッタ、お前は余の血を分けた子だ。人として生まれる前、ここにいたことがある。だから、潜在意識の中に、この場所が刻まれているのだろう」
「私が、エキナセア様の子供?まさか、私のお父様は、ピエトロ・モンティーニで、お母様は、グレタ・モンティーニです」
「其方の母は、其方を産みはしたが、血の繋がりはない。もちろん父親とも、血は繋がっていない。あの夫婦は、清らかな魂を持っていて、余の子を育てるのに値すると思い、託しただけだ」
「私は神の子ということですか?」俄には信じられず、ロゼッタは訝しんだ。
「神の子であり、其方自身も、神なのだ」
「私が神⁉︎」ロゼッタは目を丸くして驚いた。
「余の子を人に育てさせるのは、人の心という物を、知って欲しいからだ。神とて、人の心までは、分からんからな」
ロゼッタは、合点がいったことがあり、興奮して早口になった。「では、300年に一度、神聖力を持って生まれる子供がいるのは……」
「ああ、そうだ。あれらは皆、余の子だ」
だとすると、一つの疑問が生まれた。
「それではなぜ、魔族の大陸、ヘリオトープには、神聖力を持った人が現れないのですか?」
「ヘリオトープを治めている神々は、子を産み、育てようなどと、考えもしないのだろう。あいつらは、怠惰だからな」
「そんな理由で、魔大陸は、瘴気があふれているのですね……」ロゼッタは呆れたように笑った。
「余は、人の心など分からん。知りたいとも思わん。だから、其方たちを人に預け、余の代わりに、人の心を知ってもらいたいのだ」
「私の父は?誰なのですか?」
エキナセアは、面倒な物を追い払うように手を振って、答えを濁した。「厄介な男神だ。そのうち姿を見せたときに、紹介する」
神といえども、男女の厄介ごとは、人と等しく、あるのだなと思い、ロゼッタは面白がるように笑った。
「エキナセア様、私——剣で刺された気がするのですが、死んだのでしょうか?」
「コロニラは、余の子を殺めた罪を、背負うことになるだろう」
「そんな……悪いのは、ヴェルニッツィとモディリアーニだけです。他の人たちは、何も悪くないんです」
「全てを綺麗さっぱり片付けて、やり直せばいいだけだぞ。何をそんなに、慌てることがある?」
「綺麗さっぱり片付けない方法は、ないでしょうか?罪のない善良な人々まで、巻き添えには、したくありません。例えば……エキナセア様は、私を育ててくれた両親の魂は、清らかだと言いました。彼らを助けなければなりません。我が子を育ててくれた、恩がありますでしょう?」ロゼッタはエキナセアを説得しようとした。
「其方は人が好きなのか?」
「難しいですわね。相手によりますし、人という大きなくくりで言うと、好きなのでしょうけれど、どの程度好きかと聞かれたら、さほど好きではないと、答えるでしょうね」ロゼッタは、困ったように笑った。
「何だそれは、結局どっちなのだ?」
「人とは、曖昧な生き物です。全てのことに、白黒つける必要はないってことです」
「よく分からんが、まあよい、ついて来い、よいものを見せてやろう」エキナセアは、外へ向かって歩き出した。
説得は上手くいっただろうかと、ロゼッタは不安に思いながら、エキナセアについて歩いた。
宮殿の外へ、ロゼッタは一歩足を踏み出した。そこは、広大な草原が広がり、聖獣たちが寝そべったり、走ったりしている。頭上では、精霊たちが飛び回って遊んでいた。
その中に、見知った聖獣たちを、ロゼッタは見つけた。
「マルーン、ゴールデンロッド!シンバも、ドジャーも、無事だったのね」召喚できなくなってから、ロゼッタは聖獣たちを、ずっと心配していた。
ドジャーはロゼッタの頭上を、楽しそうにくるくる周り、マルーンとゴールデンロッドは、ロゼッタに飛び乗り、シンバは、鼻をロゼッタの腰に回して、擦り寄った。
「其方は、聖獣に好かれているな」
「私も聖獣が大好きですのよ」
「人は、さほど好きではないと言い、聖獣は、大好きだと言った。そんな其方に、精霊の王は、適任だと思うのだが、精霊女王にならないか?」
「精霊の王⁉︎私には務まりませんわ。それに、精霊王様なら、すでにいらっしゃるのではなくて?」
「余の愚息——其方の兄だな——精霊王を辞めたいと言い出した。あれは、人界が好きでな。理解できんが、引退して、各地を巡る旅がしたいのだそうだ。それで、其方を、次期精霊女王にと思っている」
「そんな大役——自信がありませんわ」
「其方は、聖獣にも精霊にも好かれておるではないか、それだけで、王の素質がある。人を好きではないというのも、また、重要な素質だ」
「なぜでしょうか?」
「人が好きならば、誰も彼も、愛し慈しみたくなるだろう?だが、全ての人を助けるなど、無理な話だ。ならば、無関心の方がよいということだ。精霊女王、引き受けてはもらえないだろうか」
「——少し考えさせてくださいませ」
両親が、実の親ではなく育ての親で、私は、女神エキナセアの子。自分が死んでしまったことが、どこかへ吹き飛んでしまうほどの衝撃だ。
その上、精霊女王にならないかと提案された。突然に色々なことが起きて、処理しきれない、落ち着いて、じっくりと考える必要があると、ロゼッタは思った。
それに、死んだことを嘆く時間が、自分には必要だ。エルモンドに、もう会えないのだと思うと、胸が痛んだ。
「神殿の中は、どこでも自由に、見学するがいい」エキナセアは、神殿の中へ消えていった。
それから1か月、ロゼッタは神殿の中で寝起きし、昼は聖獣や精霊たちと過ごした。
そして、ロゼッタは決意した。
「エキナセア様、私やります、精霊女王。精霊の皆さんも、聖獣の皆さんも、私に女王になってほしいって言いますし、私も、皆さんを守りたいと思うんです」
「そう言ってくれると思っていた。では、頭をこちらへ」
ロゼッタはエキナセアの手の下に頭を差し入れた。
「爾ロゼッタは、精霊に礼を尽くし、よき指導者になると誓うか?」
「誓います」
「爾ロゼッタは、聖獣の尊き命を慈しみ、敬うと誓うか?」
「誓います」
「では、其方は本日をもって、精霊女王となる」
「ありがとうございます。エキナセア様」
「ロゼッタではなく、これからはローズと名乗れ」
「ローズ——精霊女王ローズ」
「気に入ったか?」
「はい、気に入りました」
「其方に宮殿を、建ててやらねばな」
エキナセアが手に石を乗せ、神力を込めると、ただの石だったものが、みるみる大きな宮殿へと変わっていった。
「すごい!宮殿だわ!」
「其方も練習すれば、できるぞ。其方の神聖力は、神力の初期段階だからな」
「私に神力が⁉︎では、私も精霊みたいに、神術が使えるのですか?」
「神の神力は精霊の神力より強いぞ、国1つ潰すことなど、わけないわ」
「コロニラを崩壊させないで済む方法は、ありませんでしょうか?」ロゼッタは、この1か月、コロニラに対する天罰を、軽くしてくれないだろうかと、慈悲に訴え続けたが、エキナセアは、なかなか頷いてくれなかった。
そもそも、人の心が分からないと言っているのだから、慈悲なんて、あってないようなものなのかもしれない。今まで、自分は無駄なことをしてきたのかもしれないと思い、ロゼッタは頭を悩ませた。
この神は、良くも悪くも、厳しい神だった。
いずれコロニラは衰亡する。家族のことは、エルモンドたちに任せておけば大丈夫だろうけど、聖女宮の侍女たちは?その家族は?ロゼッタは、親切にしてくれた皆の力になれたらと、考えていた。
「精霊女王、其方が考えよ」
「私がコロニラを救う方法を、考えてよいと——何をしてもよいのでしょうか?」
「其方がしたいと思うことをすればよい。神の力は偉大だ。実現不可能なことなど、何もない。ついて来い」
エキナセアは、新しくできた宮殿へ向かった。
広い宮殿の中に、大きな水瓶が置いてある。そこでエキナセアは立ち止まった。
「会いたい者の顔を、思い浮かべて覗いてみよ」
ロゼッタはエルモンドの顔を思い浮かべた。
水瓶の中を覗き込むと、そこにエルモンドが現れた。
「エルモンド!エルモンド!」
「こちらの声は聞こえぬ。今日は其方の裁判の日らしい」
「私の、裁判……エルモンド」
水瓶に映るエルモンドは、生気を失ったように見え、まるで幽霊だと、ロゼッタは思った。
打ちひしがれているエルモンドを、ロゼッタは愛おしく思った。自分の死を、そこまで悲しんでくれていると思うと、申し訳ないような、嬉しいような、複雑な気持ちになった。
初めての恋人、ショッピングとか、ランチとか、観劇とか、夢を見ていたことは、たくさんあったのに、何一つ叶えられなかった。
唯一の素敵な思い出は、舞踏会の日、一緒に踊ったことだ。
「見学するがいい。コロニラを救う方法が思いつくかもな」エキナセアは、ロゼッタを残して宮殿を出ていった。
それからロゼッタは、連日開かれる裁判を、傍聴し続けた。
最初は、エルモンドの顔が見られて嬉しかったが、暗く沈んだエルモンドの顔を見ているだけで、何もしてあげられないことが辛く、励ましてあげられないことに、苛立ちを覚えた。
最終弁論が終わり、いよいよ判決だという日に、ロゼッタは、エキナセアに頼んだ。
「エキナセア様、向こうの世界へ行くには、どうすればよいのでしょうか?」
「其方の神力はまだ弱い、向こうの世界にはいけない」
「こちらに来ることは、できましたわよ」ロゼッタが、にやりと笑った。
エキナセアは苦い顔をした。「それは、余が一緒だったからだ」
「エキナセア様が、一緒に行ってくださるなら、向こう側へ行ける、ということですね」
「其方は憎らしい。あの男に会いたいのか?連れてくることはできないぞ、あれは、ただの人だからな」
「分かっていますわ。私だってエルモンドには、生きていてほしい。私のことを忘れないでいてくれたら、嬉しいですけれど、それ以上に、自分の人生を歩んでほしいんです」
「では、何をしに行くのだ?」
「私の裁判なのですから、私が罰を下してもよいのではないでしょうか?」
「なるほど、コロニラへの罰も、自分で決めると?」
「はい、その通りですわ」
「よいだろう。何やら面白そうだし、連れて行ってやろうではないか」
最初のコメントを投稿しよう!