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第36話
「アレッサンドロ・モディリアーニ、あなたは、何から罪に問えばよいのか、罪が多すぎて、迷ってしまいますね」ロゼッタは呆れて言った。
「私の罪は、ただ無知だっただけです。ヴェルニッツィに、利用されたのです」モディリアーニは、まるで、災難に見舞われた、哀れな男のような態度で言った。
言い訳など聞きたくもないと思ったロゼッタは、モディリアーニを睨め付けた。
ロゼッタに睨まれ。視線を下げたモディリアーニの額に、汗が浮かんだ。
「モディリアーニ、よく考えてみてください。私がタイミングよく、今日、現れた理由は?偶然ですか?いいえ、私は、この裁判を、ずっと傍聴していました。私も、エキナセア様も、全て見ているのです。あなたは、それでも、嘘をつきますか?」
「申し訳ありません。洗いざらい、お話しします。だから、命だけはどうか——」モディリアーニは、ミイラとなって隣に横たわるヴェルニッツィを、チラリと見た。
「アレッサンドロ・モディリアーニ、聖女に認定するという条件で、ドナテッラ・ヴェルニッツィに、コルベール前教王を、毒殺させましたね」
「はい、その通りです」(ふんっ!それは私の罪などではない。馬鹿な女だ。殺したのはドナテッラで、私ではないというのに、まるで私に罪があるような言い方をされるのは心外だ)
「なぜです?」
「私より好かれているあいつが憎かったのです。私の方が賢く優れているというのに、なぜ、いつもあいつばかり称賛されるんだ。あいつさえ、いなくなれば……」(あいつは、いつも私の邪魔をする。もう一度殺してやりたいが、死人は殺せないからな、残念でならないよ)
そんな身勝手な理由で、皆から敬愛されるコルベールを殺したのかと、人々の顔に非難の色が浮かんだ。
「あなたは、称賛を得たかった。そのためなら、誰が傷ついても構わなかった?ファンファーニと、何を計画していたのですか?」
「何も、何も計画していません」(この計画がバレてしまったら、権威が失墜してしまうかもしれないじゃないか。私は無罪となって、疫病を終息させた英雄となるのだから、余計なことをするな!)
「懲りない人ですね。モディリアーニ、先ほどの言葉を忘れましたか?私は、全て知っているのですよ。忘れないでください。もう一度聞きます。ファンファーニと、何を計画していたのですか?」
モディリアーニは、傍聴席をちらりと見て、俯き口を閉ざした。
「答えなさい!モディリアーニ!」これまで冷静で、穏やかと言えるほどの口調で話していたロゼッタが、急に声を荒げたことで、モディリアーニは悲鳴を漏らした。「聖女がいなくなれば、国は衰亡するという逸話を、信じていた神官たちが、目障りだったのでしょう?」
「……はい、言うことを聞かない奴らは、始末してしまえばいいと、思いました」(それの何が悪いと言うのだ。邪魔な奴を排除しようとしただけじゃないか)
これが、曲がりなりにも、聖職者である人の言うことなのかと、傍聴席が、ざわついた。
「どうやって、始末しようとしたのですか?」
「疫病『悪魔の血』をばら撒き、目障りな神官たちに、治療を命じれば、感染して死んでくれると思いました」(私に逆らう奴らが悪いだけなのに、なぜ、自分が責め立てられなければならない!)
「王都を血の海にしたあとは、どう終息させるつもりだったのですか?」
「特効薬があるので、頃合いを見て提供すれば教会、ひいては私の功績になると思いました」(救ってやると言っているのだから、感謝されてもいいくらいだろう)
「あなたの功績のために、何人の人が死ぬことになるのでしょうね。あなたは、人の命をなんだと思っているのですか?」
「ファンファーニが言い出したのです。私が提案したことではありません」(平民をちょっと間引こうとしただけじゃないか、咎められるいわれはないと言うのに、小娘ごときが、エキナセアに力を貰ったからと、偉そうに!)
また言い訳かと、ロゼッタはうんざりした。この人は、どこまでも、自分中心なのだろう。もう呆れて、ものも言えない。
「それは、どこまで計画が進んでいるのですか?」
「『悪魔の血』のサンプルを持って、部下が、市井で待機しています。後は命じるだけです」モディリアーニは、もごもごと口籠りながら説明した。
「準備は全て、整っているということですね」
「——はい」(くそ!これで英雄になる計画はおじゃんだ。何か他の手を、考えないといけなくなったじゃないか!)
「マルコ・タルティーニ騎士団長、この件の捜査を命じます。当該被疑者の捕縛と『悪魔の血』それから、特効薬の確保を、お願いします」
「はい、謹んでお受けいたします」タルティーニが答えた。
「あなたは欲深い人ですね、アレッサンドロ・モディリアーニ。あなたは、私怨のため前教王の殺害に加担し、私欲のため大勢の命を危険に晒した。その罪の重さは、計り知れない。よって死刑に処す」
「そんな!何でだ!私は何もしていないじゃないか!こんな判決は不当だ!裁判のやり直しを求める!私は取引をしただけなんだ!私は悪くない!私は誰も殺していない!私は英雄になるんだ!」
「連れて行ってください」
ロゼッタに命じられた騎士たちが、暴れるモディリアーニを、裁判所から引き摺り出した。
「最後に、アロンツォ・ファルコニエーリ。聖女を殺害しましたね」
アロンツォは深く頭を下げた。
「はい、私は嘘を見抜けず、真実から目を背けてしまいました。そして、奸計に陥っていると気づきもせず、聖女様を殺めてしまいました。これは、私の罪であり、国民には何ら非はありません。全ての罰は、私が背負います。私が願える分際でないことは、重々承知しております。ですが、どうか、国の存続を、お聞き届けください」
「それは難しいですね。その件についての裁量は、私ではなく、エキナセア様ですから」ロゼッタはエキナセアを振り返った。
「目障りな汝等を、助ける義理はない」
「だそうです。この国の衰亡は、止められません。アロンツォ、あなたは操られていた。黒魔術に対抗することなど、人であるあなたには、不可能だったでしょう。この国の衰亡を、見ていることしかできない、それは、あなたにとって、どれほどの罰になるでしょうか——アロンツォ立ってください」ロゼッタは、立ち上がったアロンツォの手を取った。
「私は、あなたを罪に問いません」ロゼッタは、アロンツォに微笑んだ。
「寛大なお心に、深謝いたします」アロンツォの声が震え、頬に涙が一筋流れた。
「だけれど、ドナテッラを、あんな風にしてしまったのは、あなたです。もし、彼女をヴェルニッツィの娘としてではなく、ただ1人の少女として、大切に扱っていたら、あの子はあなたを操ろうなんて、考えなかったでしょうね。そうであったならば、結果は違っていたでしょう。10歳の少女は、好きな人から邪険にされて、どんな気持ちだったのでしょうね。あなたは、自分の過ちを認め、戒めることができる人だと、信じています」
「はい、自分の軽率な行いが、この結果を招いてしまったと反省し、これを教訓といたします」
アロンツォは、今になってようやく気づいた。自分は、ヴェルニッツィを警戒するばかりで、ドナテッラの気持ちを、一度も考えていなかったことに。幼い彼女に、どんな風に接していただろうか、手紙も、贈り物も、従者がしていたことに、彼女は気づいていたのかもしれないと思うと、アロンツォの心が酷く痛んだ。
「リナルド・ファルコニエーリ、この国の王でありながら、魔族の侵入を許し、計略に気づけなかったことは、あなたの罪です。ですが、私と取引をするというのなら、あなたの罪を許し、コロニラを救う一助となることを、約束します」
「私、リナルド・ファルコニエーリは、罪を認め、国民の健やかな生活を維持するために、どんな条件でも受け入れます」
「よいでしょう。それでは、私からの条件です。聖女に当てられた1億ヴァンと、鉱山の権利を、聖女宮の専属侍女、それから、聖女の護衛騎士に、分配することを求めます」
意外な条件に、場が騒然となった。
「承知いたしました。必ず、正しく分配されるよう取り計らうと、お約束いたします」
ロゼッタは納得して頷いた。
「コロニラを救う方法が、一つだけあります。聖女を失った国は衰亡する。これは変えられません。ならば、国でなくなれば?先日、隣国ルドベキアに、聖女が発現しました。コロニラは、ルドベキアの一地方となり、ルドベキアの神、ソラーレの加護を受けた、聖女の恩恵を受けるのです」ロゼッタは、エキナセアをちらりと見た。
「好きにするがいい」
「300年後、新たな聖女が現れれば、また、国として独立できるかもしれませんし、今は、衰亡を止める手立てとして、魔族の侵略を阻止するためにも、最善の策でしょう。コロニラは国ではなくなる、これを、聖女を守れなかったコロニラへ、精霊女王からの罰とします」
「精霊女王ローズ様のご配慮に、リナルド・ファルコニエーリは、衷心より拝謝申し上げます」
「それでは裁判長、閉廷の挨拶をしてください」
「聖女ロゼッタ・モンティーニ殺害事件の裁判を、終了する。閉廷」
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