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第37話
「別れの時間を、少しやろう。後で迎えにくる」
「エキナセア様、ありがとうございます」
ロゼッタは、父と兄たちのところへ歩いて行った。
「お父様、お兄様、ごめんなさい。そして、ありがとう」
「ロゼッタ、会いたかったよ」
ロゼッタが、父や兄たちと言葉を交わし、抱擁する姿を、エルモンドはずっと見ていた。
駆け寄って抱きしめたいのに、なぜ守ってくれなかったのかと、責められたらと思うと、声をかける勇気が出なかった。
ロゼッタが、エルモンドたちのところへ近づいてきて、アリーチェを抱きしめた。
「アリーチェ、私に優しくしてくれて、ありがとうございます」
「ロゼッタ様、お守りできず、ごめんなさい」喉が閉じてしまったかのように声が出せず、アリーチェは、絞り出すようにして、涙声で話した。
「自分を責めないでください。私はあなたに出会えたことを嬉しく思います。もう1人の姉のように、慕っていました」ロゼッタは目に涙を溜めて微笑んだ。
「ロゼッタ様、私こそ、あなたにお仕えできて光栄でした」
「ローズです。エキナセア様から、精霊女王を拝命して、新たな名をもらったのです。人嫌いな方ですが、いい女神様ですよ。今私は、精霊や聖獣たちと一緒に暮らしています。だから、悲しまないでください。アリーチェの幸せを、遠くから祈っています」
「ありがとうございます。ローズ様。これからは、毎朝、毎晩、あなたへ祈りを捧げます」
ロゼッタは、次にタルティーニの手を取った。
「タルティーニ騎士団長。あなたと過ごした時間は、私にとって、大切な思い出となりました。タルティーニ騎士団長の、活躍を祈っています」
「聖女様に、お仕え出来たことを、誇りに思います。国を救うため、国を捨てさせるとは、さすがはローズ様だ」
「エキナセア様が許してくれなかったら、どうしようかと思いましたわ」ロゼッタはイタズラな笑みを浮かべた。
「見事な裁決でした。私、マルコ・タルティーニは、この命尽きるまで、あなた様に仕え、あなた様の望みを叶えるため、コロニラ存続に力を尽くす所存です」タルティーニは、右手を上げ敬礼をした。
ジェラルドは、ロゼッタを抱きしめ、頬にキスした。
「ジェラルド、大好きですよ」ロゼッタはクスクスと笑った。
ジェラルドは、ロゼッタの肩に顔を埋めて、涙を流した。
「守るって約束したのに、俺、何もできなかった」
「たくさんしてくれたではないですか。聖女宮で、楽しく過ごせたのは、ジェラルドのおかげです。私は感謝していますよ」
「哲学書は、さっぱり分からなかったけど、ローズ様の講義は楽しかったです。元気でいてくださいってのは、ちょっと変かな、楽しく過ごせるよう祈ってます」
「ありがとうございます。いつまでも、あなたを見守っています。エルモンドを、お願いね」
「任せてください」ジェラルドは、満面の笑顔で笑った。
「エルモンド」ロゼッタは、力無く垂らされたエルモンドの手を、優しく握った。
「ロゼッタ、すまない、俺は……」エルモンドは顔を手で覆い、涙を流した。
「どうして謝るのです?あなたは何も悪くないわ。愛してるエルモンド」ロゼッタは、エルモンドの頬を両手で包んだ。
「愛される資格がない。俺は、仇も打てなかった」
「ヴェルニッツィは死んだ、モディリアーニも処刑される。望みは叶いましたでしょう?」
「君を殺したのは、アロンツォだ!」
「エルモンド、彼は操られていたのです。罪はありません」
「駄目だ、俺はあいつを許さない」エルモンドは拳を握り、吐き出すように言った。
「私が許したのです。あなたも許してあげてください——少し歩きませんか?」
ロゼッタは、エルモンドの拳を優しく開き、手を繋いで、裁判所の裏庭を歩いた。
「ロゼッタ。たとえどんな理由があれ、君を傷つけたアロンツォを、俺は許せない」
「許せないのではなくて、許したくないのでは?許してしまったら、目の前で、みすみす私を殺させてしまった、あなたの落ち度になるから」
「ロゼッタ……」エルモンドは、悲痛な顔でロゼッタを見た。
「私はそんなこと思っていませんよ。あなたもジェラルドも、タルティーニ騎士団長も、何も悪くありません。私が死んだのは、あなたのせいではないわ。自分を責めないで」
エルモンドは立ち止まって、ロゼッタと向かい合い、ロゼッタの両肩に手を置いた。
「ロゼッタ、俺は君がいないと生きていけない。君がいないこの4か月、どんなに地獄だったか、時々君の幻を見ては、もう君がいないことを痛感させられる。おかしくなりそうだ」
「あなたを見ていれば、どんなだったか、よく分かるわ。あなたボロボロだもの。でも少し嬉しいのよ。あなたが、私のことを、憔悴するほど思ってくれているって知れて、私って悪い女ね」ロゼッタは悲しそうに笑い、エルモンドの頬に手を当てた。
「愛してるロゼッタ。俺を連れて行ってくれ、離れたくないんだ」エルモンドはロゼッタの手をギュッと握った。
「それはできないわ。私は神の血を引く精霊女王で、あなたは人の子。私のいる場所に、あなたは入れない。それに、私はエルモンドに、生きていて欲しいの。あなたの人生を、歩んでほしい」
「君のいない人生なんて、何の意味もない」
「エルモンドには、ジェラルドがいるじゃない、アリーチェも、タルティーニ騎士団長だって、あなたが願えば、ずっと一緒にいてくれるはずよ。彼らを拒んでいるあなたを、ずっと、やきもきしながら見ていたのよ。彼らを拒まないで」
エルモンドは、ロゼッタを強く抱きしめた。そうすれば、どこにも行かないような気がした。
「エルモンド、私を忘れないでいてくれる?」
「忘れない、絶対に。ずっと君だけだ。一生君を愛すると誓う」
「私も、永遠にあなたを愛すると誓うわ」
エルモンドは、ロゼッタの顔を両手で包み込み、唇に優しいキスをした。
「これは誓いのキス?」ロゼッタは嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだ誓いのキスだ」
ロゼッタとエルモンドが戻ってくると、ジェラルドと、タルティーニと、アリーチェが、聖女宮の侍女たちと、ロゼッタの父と兄を伴って、待っていた。
「皆さん、最後まで、私に尽くしてくれて感謝しています。そして、最後まで守ろうとしてくれて、ありがとうございました。皆さんが幸せでありますよう、祈っています」
聖女宮の侍女たちは、涙ながらに、仕えられたことを喜び、決して忘れないと誓った。
「お父様、お兄様、お母様と、お姉様たちに、よろしくお伝えください。ずっと見守っていると。それから、エルモンドとジェラルドを嫌わないで、彼らは何も悪くないの。皆が仲良くしてくれないと、私悲しいわ」
「分かった。彼らを家族として迎えると約束する。ニコロに招いてやろう。お前の生まれ故郷を、見せてやるさ」熊みたいな体格のロゼッタの父ピエトロは、溢れてくる涙を何度も袖で拭い、ロゼッタを、大きな腕で、すっぽりと包み込み抱擁した。
父と兄たちの腕の中から、ようやく抜け出したロゼッタの顔は、晴れやかな笑顔だった。
「エルモンド、ジェラルド、私の家族を、よろしくお願いします」
「ロゼッタ!」もう一度、彼女の感触を味わいたくて、エルモンドは、ロゼッタを抱きしめた。
「さようなら、エルモンド」
ロゼッタは、エルモンドの腕の中で、迎えに来たエキナセアと共に、光に包まれ消えた。
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