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第三話 『人助け』
次の日の放課後。
陸は探し回っていた。
形見の腕時計を探しているわけではない。
楓が見つからないのだ。
校門前で待ち合わせをしていたのだが、放課後になってすぐから待っていても全く姿を見せなかった。
どうせ同じ学年だからと連絡先を交換しなかったのを後悔したが、後の祭りだ。
楓の身に何かがあったのかと不安になった陸は探し回り始めた。
試しに通りがかりに手を振ってきた担任の土田先生に訊いて見ると、すんなりと答えが返ってきた。
なんで他クラスの生徒一人の動向を知っているのか疑問だったが、どうやら土田先生から頼み事をしたとのことだった。
陸は土田先生のことが好きではない。中年太りかつ生え際が後退している冴えない男性だ。丸顔で人畜無害そうな雰囲気がある。刺々しい雰囲気は全くなく、怒ることもない。そんな温和な土田先生のことが好きなクラスメイトは多い。それらを理解していても、陸は好印象を抱けずにいる。
「お前、青木と仲良かったのか?」
「コーヒーとケーキに買収されただけです」
「ん……? そうか。何かあったら相談に乗るぞ」
挨拶のように言っている言葉だ、と陸の目が自然と鋭くなった。
(実際に相談すると嫌な顔をするんだから、最初から言うなよ)
陸は土田先生のことを『よい先生の演技をしている男』と見ている。しかしそんな自分は少数派なのだと自覚しており、周囲に合わせて慕っている振りをしている。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、小走りで先生から聞いた場所へと向かった。
そこは用務員室だった。土田先生は楓に伝言を依頼していた。楓に託されたのは、どこどこの蛍光灯が切れていた、とそれだけの伝言だ。
(いや、それぐらい自分で伝えに行けよ)
用務員室のドアをノックすると、用務員が出てきた。
用務員は初老の男性で、人当たりがよく挨拶を欠かない人だ。痩身長駆。彫の深い顔で高くて形のよい鼻が特徴的だ。髪は白髪混じりだが短髪がスポーツマンのような雰囲気によく合っている。基本的にオレンジ色の作業服を着ていて、よく消防士みたいだと生徒に揶揄されているのだが、本人はそうして話しかけられるのが好きらしくトレードマークとして誇示している。
「青木は来ていませんでしたか? 土田先生から聞きまして」
「青木だったら待ち合わせがある、とか言って数分までに出ていったな」
つまりは入れ違いだ。徒労感から陸はがっくりと肩を落とした。
「ありがとうございます。何か手伝えることがあったら言ってください」
「俺の仕事を取ろうとするな」
陸はとっさに用務員の足元を見た。腰が悪いせいか、歩き方が少しおぼつかない。まるで歯車の歯が一本欠けたかのような動きをしている。
陸はそんな用務員を見ていると、放っておけない、と不躾にも手伝いたくなってしまう。
「鈴木は青木と仲良かったのか?」
「いや、昨日知り合ったばかりです」
「なら、お前も噂を聞いたのか?」と用務員は目を細めて言った。
「噂って、『何でも頼みを聞いてくれる』ってやつですか」
用務員はああ、頷いた。その顔はどこか不安そうな顔をしていた。
「違いますよ。昨日の帰り際にあっちから声を掛けてきたんです。悩み事がありますね、って」
用務員はそうなのか、と呟き、何かを考えるように角ばった顎先を撫でた。
「結果として、僕の無くした腕時計を探してもらうことになりまして」
「腕時計……?」
用務員は首をひねって考え込んでから
「どういう腕時計だ? 昨日一つ、腕時計の落とし物を職員室に届けたんだが」と言った。
なるほど、と陸は手を打った。
校内で落としたのならば用務員が見つける可能性は高い。
興奮気味に古いメタルバンドの腕時計だと告げると、用務員は申し訳なさそうに「違うな」と首を振った。
それを聞いて陸はまたもや肩を落とした。
「悪いな、無駄に期待させてしまって。それにしても古い腕時計か。大事なものなのか?」
「死んだお祖父ちゃんの形見なんです」
「そうか。それは残念だったな……。何歳だったか聞いていいか?」
「73歳でした」
用務員は一瞬、切なそうな顔を浮かべた。
「俺とそんなに変わらないな」
「え? もっと若く見えますけど」
「よく言われる。若者のオーラを浴びてるおかげかな」
得意げに言いながら用務員は無邪気な笑顔を浮かべた。陸はその姿を見て、死んだお祖父ちゃんの面影を重ねた。お祖父ちゃんは用務員には似ても似つかぬ小太りだったのだが、笑った時の目じりの皺が酷似していた。
「ほら、女の子を待たせるものじゃないぞ」
「僕は大分待たされたんですけど……」
「女の子なんて、そういうもんだ。まあ、なんだ。会いに行けばきっといいことがあるさ」
用務員は妙にしたり顔を浮かべながら、陸の背中を押した。陸は不思議に思いながらも用務員室を後にし、校門へと駆け足で向かった。
(あ、いた)
校門の付近で楓の姿を見つけて声を掛けようとした瞬間、もう一つ人影があることに気付いた。ジャージからして野球部のマネージャーだろう。華奢な体に端正な顔立ち。きつめの眼光をもっているが、どこか愛嬌がある。
(君乃さんには遠く及ばないな)
そんな失礼なことを考えながら、遠目から様子を見守る。
「お願い。一生のお願い」
マネージャーは拝み倒すかのように、手を合わせて頭を下げていた。
「うん、分かった」
楓はどこか力の無い声ながら承諾した。
マネージャーは「ありがとう!!」とあからさまなオーバーリアクションを取り、まくし立てるようにお礼を告げた後、部室棟へと駆けていった。
女子マネージャーの完全に姿が見えなくなった後、顔を出す。
「えっと、こんばんは」
余程陸の顔が不機嫌に見えたのか、楓は警戒している。
「こんばんは……じゃない。探したんだけど」
すでに沈みかけている夕日を見て、陸は切ない気持ちになった。
「来るのが遅いから校舎内を探してたんだけど」
「そうだったんだ。ごめん。先生に頼まれ事されて遅くなっちゃった」
「まあ、いいけど。それよりも、さっき、野球部のマネージャーに何か頼まれていたの?」
野球部のマネージャーと言えば男をとっかえひっかえしていることで有名である。噂話に疎い陸の耳に届くのだからよっぽど悪質なのだろう。
「たまに頼みごとをされることがあって。今の彼氏が中々別れてくれないから、ちょっと手伝って、って」
なんだよそれ。そんなの取り合わなくていいだろ、と陸は心の中で悪態をついた。
「オーケーしたのか?」
「うん。『人助け』だから」
『人助け』だから。その言葉には強い意志がこもっているように感じた。それでも陸はいまいち納得できず、舌打ちしたい気分だ。
(僕が言うことじゃない。こいつが痛い目にあったところで知ったことじゃない)
陸はイライラをぶつけるように足元の石を小突いた。
「結構怒ってる?」
「怒ってない」
言葉とは裏腹に陸の顔には気に入らない、と書かれている。
「それじゃあ、行こうか」と陸はぶっきらぼうに言うと
「う、うん」と楓は微妙な反応をした。
気を取り直して、腕時計探しを始めることにした。
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