謎多き神

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謎多き神

その神は目の絵だけが描かれた白き布を頭から被っている、謎多き神であった。 分かっていることは魔眼と呼ばれる力を持ち、冥王オシリスに仕えていることであった。 神の名はメジェド。生い立ちすら分からぬ、王にしか素性を明かすことが許されぬ神であった。 下々の者は語る。あれは姿をお隠しになったホルスさまではないか、いいやアメンさまではないかと。 しかし王たちだけは知っている。 かの神が、一体何の神であるかを。 王の寝台。ラムセス二世は寝台の上に横たわり、目の前に立つ神を見つめていた。神を前にして寝台の上に横たわっているのは、死が近いからである。 死の間際に立つラムセス二世を看取ろうとしているのは、白き布を被った神――メジェドである。 メジェドの他には、ラムセス二世の後継者、メルエンプタハが部屋の中に立っていた。メルエンプタハは緊張した面持ちで、横たわる父を見下ろすメジェドを見守っていた。 「何用で私をお呼びになりましたか、王よ」 メジェドが静かな声で尋ねる。声は低く、男性の声である。 ラムセス二世は柔らかな笑みを浮かべると、メジェドに尋ねた。 「その神聖なる布をとって姿を見せて下さい。そして、私の息子……次のファラオに、あなた様の生い立ちと、ご両親の話をお聞かせください」 ラムセス二世の頼みを聞いたメジェドは、何も答えなかった。答えなかった代わりに、事の成り行きを見守っていたメルエンプタハに声を掛ける。 「メルエンプタハさま。私の名前の意味をご存知でしょうか」 突然神に声を掛けられたメルエンプタハは動揺を隠しながら、不敬にならないように言葉を選びながら答える。 「はい。“打ち倒す者”……と聞いております。冥王オシリスの敵となる者を打ち倒す、という意味であることを」 「では、何故その名を与えられたか、王からお聞きしておりますか」 「…………申し訳ありません。名前の意味しか教えられていません」 メルエンプタハの答えに、メジェドは布の下からふふふ、と穏やかな笑い声を立てる。 「そうですか。此度の王も誓約通り、私の素性を明かしませんでしたか」 するり、と布が捲れ上がる。腰布が見え、腹部が見え、胸が露わになる。細身だがしっかりと筋肉のついた男の体だ。 捲れ上がった布の下から腕が伸び、顔のあたりの布地を掴む。 そして、メジェドは布を剥ぎ取った。 露わになったメジェドの姿を見て、メルエンプタハは一瞬で目を奪われた。 血を思い起こさせるほどの赤い髪――毛先だけは砂色である――を短く切りそろえ、右目は獅子のような黄金の瞳、左目は柔らかなすみれ色の瞳をしている。 顔立ちは中性的で、体つきを見なければ凜々しい顔をした女と間違われそうだ。 凜々しく整った顔に穏やかな微笑みを浮かべた男神は、ラムセス二世と視線を交わらせた後、メルエンプタハを見た。 「誓約により、私の生い立ちをお話ししましょう。まずは私の父と、母の名について」 ついに謎深き神の生い立ちが知れる。メルエンプタハはごくりと喉を鳴らした。 期待に心臓を高鳴らせているメルエンプタハに、メジェドははっきりと告げた。 「私の父と母は、砂漠の男神セトと、葬祭の女神ネフティトでございます」 予想していなかった両親の招待に、メルエンプタハはうっかり動揺を隠すことを忘れてしまった。 「え、お待ちください、だって、え?」 メジェドの答えに混乱するメルエンプタハを目にして、メジェドは気分を害した様子もなく、いつものことのように笑った。 「ふふふ。混乱されているのも無理はありませんね。語り継がれている神話では、父と母の仲はあまり良くない、と取られても仕方がありません。それに、父は嫌われ者ですから」 メジェドは布を畳むと、床に座した。メルエンプタハも慌てて床に座る。 ラムセス二世の穏やかな目とメルエンプタハの半信半疑の目で見つめられながら、謎の深まった神メジェドは微睡むように天井を見上げる。 「そうですね。何から語りましょうか。まずは、私の父と母が本来はいかなる関係であったかを――」 そうして、金の砂漠に夜の帳が下りた頃。 メジェドは誓約により、次の王のために自身の生い立ちを語り聞かせた――。
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