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10 新名が帰った後、BARはそれなりに賑わい、クローズの時間がやって来た。 客席側からカウンターテーブルを拭いていると、外の看板を店にしまうスーツの男が現れた。宝井だ。 「オーナー、どうしたんだよ」 「いやぁ、たまには飲みに行かないかと思ってな」 「わぁ〜、何か叱られる気がしなくもないけど嬉しい〜」 軽い調子で返事を返す柿田に宝井はクスッと笑った。 「叱らねぇよ。なんだそりゃ」 「悠二くんから何かチクられちゃってんのかなぁって」 腰に巻いたロングエプロンを外し、カウンターにバサっと置いた柿田はそう呟いた。宝井はスラックスのポケットに両手を入れ「あぁ…そういや聞いたっけな」とわざとらしくとぼけた。 「聞いても面白くないよ」 柿田は苦笑いする。 「期待してないさ」 宝井は鼻で笑ってから、サッサと支度しろと柿田を促し、タクシーに乗せた。 ビールグラスをカチンと鳴らしてとりあえず乾杯。柿田と宝井は店を出て。雰囲気の良いBARのボックス席でくつろいでいた。 「どうだ?最近店は」 「まわりくどいな。」 後ろで縛っていた髪を解いた柿田は前に座る宝井に向けて上目遣いに呟いた。 「可愛い玩具が気になってな」 「だと思った。…もう大丈夫だよ。」 「どんな顔してそう言ってるか分かってないだろ?」 宝井は肩を竦めてビールグラスを傾けた。 「どんな顔?平気な顔だよ。」 「おまえは忘れてないよ。そんなこと無理だろ…一つだけ忠告する…身代わりにするようなら手を出すな。」 「身代わり?…まさか。」 「まさかだよなぁ〜」 タバコに火をつけた宝井はフゥーッと煙を天井に向けて吐き出す。 「宮野雛士って言うんだ。目が大きくてね。背が低くて、華奢で…似てるのは確かだけど…それは好みの問題だから」 宝井は涼しい目元で柿田を見つめる。 「随分気に入ったんだな」 「うん…凄く良い子だよ。」 「そうか…ちょっと安心したよ。話して、おまえがいつもみたいに軽いノリなら注意もしたが、どうやら違うみたいだし」 そう言って柿田を見つめると、彼は苦笑いした。 「そんなに俺を心配しないで。…もう、本当に大丈夫だから」 宝井は柿田の頭に手を伸ばしてクシャクシャと髪を撫でた。 「心配するさ。俺も悠二も、みんなおまえが大好きなんだから」 柿田は革のバングルの下に隠れた自分の手首にある深い傷痕をソッと撫でた。 「…うん…ありがとう。」
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