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68 柿田が憂鬱な気分のまま顔を上げ、別のタクシーを捕まえようとした時だった。 背後に気配を感じて咄嗟に振り返る。 大通りに面した歩道には、深夜とあって人通りはない。 夕方の雷雨で尚更湿度は高く、こんな時間に背後で気配を感じるなんて気味が悪い。 柿田はポリっと頭を掻いて首を傾げた。 「霊感とか微塵もないしなぁ…」 呟いたと同時に目の前にタクシーが止まる。 柿田は腰を折り、上背のある身体をタクシーに詰め込んだ。 流れる見慣れた景色をぼんやり眺める。 後ろポケットに押し込んでいた携帯を取り出して、雛士のラインを開いた。 気を遣っているのだろう、淡白な言葉の羅列に笑みが溢れる。 少しだけ…少しだけなら良いかな? 麟太郎の時には感じなかった声を聞きたいという気持ち。 柿田はシートに倒れ込みながら携帯を耳に当てた。 コール音が数回を数えた頃、「やっぱ寝てるかな」なんて心で呟き携帯を耳から離した時だった。 「もしもし!」 雛士の少し焦ったような声。 柿田はホッとして笑顔になる。 「ごめん、寝てたよね」 「…眠れなくて…起きてたんで大丈夫です」 「そっか」 「豆…毎回量が多いから大変ですね。こんなに遅くまで…」 「うん…焙煎具合とか、産地だったりとか…組合せだったり、それこそお客さんの前に出す手前まで、仕上がりはこっち次第なとこがあるからね。オーナーが俺の我儘存分に聞いてくれるから、高い豆も入荷出来るし、環境が贅沢な分、手は抜けない。…連絡くれてたのに、ごめんね。俺、この日は無心になっちゃって」 そう呟いてから、いつも不満を漏らしていた麟太郎が目に浮かんだ。 「俺、忍さんがコーヒーに凄い情熱ある人なのを雑誌で読んで、素敵な人だなぁって…この人が淹れたコーヒー飲んでみたいなぁって思ってたから全然平気です。…大好きだし、凄く会いたいって思うけど、仕事と向き合ってる忍さん…カッコイイから」 雛士は拗ねたりする事なく、逆に誇らしげに語った。 柿田は目を見開き茫然とする。 人とはこんなにも違うものなんだと実感したのと同時に、また梓の笑顔が蘇った。 雛士は本当に梓によく似ている。 考え方も容姿も… 「かっこよくて…色々思い出しちゃうな…忍さん…好き…早く会って、キスしたいです」 たった一つ、超エッチだという事を除いては。
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