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7 カウンターに頬杖をつきながら、ちょこちょこと動き回る雛士を眺める柿田。そのあまりの分かりやすさに新名がズカズカやって来て呟いた。 「てぇ〜んちょっ!」 「なぁにぃ〜」 「なぁにぃ〜じゃないっ!見過ぎですよ!雛士の事っ!」 柿田はキョトンとした顔で腰に手を当てて仁王立ちの新名を見つめる。 「だって可愛いんだもん!見るくらい良いじゃん!朝から、新名のガードが固くて俺はヒナと話出来てないんだからな!」 新名はセンターパートの茶髪に指を埋めて溜息混じりに項垂れた。 「悠二さんにチクりますよ」 「それはダメッ!悠二くん怒ったら怖いんだぞ!あれ絶対元ヤンだよ!」 「あぁ…確かにぃってそうじゃなくて!雛士だって働きにくいし、もう、女子スタッフが店長の様子が変だって、さっきからコソコソ噂して皆んな働かないんすよ!分かります?店長が物憂げに頬杖ついてるだけで、女子はポーッとなっちゃうの!これだけゲイだって公言しといて女にモテる人見た事ないわ!」 「そうカリカリすんなって新名。俺はちゃぁ〜んと知ってるよ〜、新名も結構モテてんだから」 「店長みたいに顔面強い人に言われたくありません!」 「あのっ!新名さんっ」 柿田と新名が言い合っている隙を縫って何とか新名の名前を呼ぶ事が出来た雛士。 「あっ!ヒナっ!やっと話せるねぇ〜、どう?初日は?」 カウンター越しに新名に近づいてきた雛士に声をかける柿田。 「ぁ…はいっ!新名さんが優しく教えてくれるので、た、楽しいですっ!とっても」 肩を軽く窄めながら恥ずかしそうにそう言う雛士に柿田は胸を鷲掴みにされていた。 「そっかぁ〜!良かった良かった!新名っ!褒めてやるぞ!新人教育、ありがとな!」 カウンターから伸びた長い手はバンバンと新名の肩を叩いた。 「店長!痛いってば!」 「あっ!そうだ!そろそろ休憩だろ?ヒナ、座りなよ」 「店長っ!ここで休憩はまずいっすよ!他の子が!」 「そこはバイトリーダーの新名が丸くおさめてよ。」 柿田はそう言って無理やり雛士をカウンターの隅に座らせると、エスプレッソマシンに向いてしまった。 新名は顔面を手で覆いながら「知りませんよっ!」とその場を離れた。 終始そのやりとりを見ていた雛士はオドオドしている。 「良いんでしょうか?俺、ここに座ってて」 エスプレッソを淹れ終わった柿田は雛士を振り返り、クスッと笑った。 「大丈夫、大丈夫!新名コミュキングだから!」 スチームしたミルクをピッチャーでエスプレッソに注ぎながらラテアートをほどこしていく。 「はい!出来た!召し上がれ」 カウンターに出されたラテボウルの中は綺麗なハートが描かれていた。 「ぅわぁ…すっごい綺麗」 「ラテアートの中でも基礎みたいなもんだからね。俺も今だに一番難しい気がしてる。ヒナに飲ませてあげたいって思ったら、とびきり綺麗に出来たよ。俺、本番に強いんだ」 ニッと頬杖をついてカウンターに座る雛士と目を合わせる。 雛士は顎を引きながら両手でラテボウルに視線を落とした。恥ずかしそうに白い肌はピンクに染まっている。何口か口にして、「美味しいぃ…」と言う雛士。柿田はその美味しそうに飲む姿をしばらく眺めていた。 「ぁ…あの…店長…」 「なぁに?」 「て、店長って…その…ゲ、ゲイって本当なんですか?」 控えめに質問された柿田は目を丸くする。 両方の肘をカウンターにつき、両手の平の真ん中に顎を乗せ、雛士をジッと見つめてみる。 「あっ!すっ!すみませんっ!さっき、たまたま女の子達が話してたもんだから、俺、ついっ!」 「ふふ、ヒナはいつも慌ててるね」 ニッコリ笑いながら目の前の小動物的雛士から目を逸らさない柿田。 「俺がゲイだと、ヒナはどう感じるの?」 「えっ…あのっ…それは…」 「アハハ、困らせちゃった?ごめん、ごめん!ヒナがあんまりに可愛いからさ。」 「俺、可愛いですか?」 上目遣いに問いかけられ、柿田はまたドキッと胸を鳴らす。 頬杖をついて、ニッコリ笑いながら呟いた。 「うん、そうだね。めちゃくちゃ可愛い。」 雛士は顔を真っ赤にして俯くと、小さな声で呟いた。 「店長は…皆んなにそんな風なんですか?本気にしちゃう人、居ますよ、きっと」 柿田は拳を口元に当てながら笑いを堪える。 「なっ!可笑しいですか?!俺、本気でそう思いますよっ!店長カッコいいし、あんまり可愛い、可愛い言ってたら…誤解されちゃう」 柿田はポンと雛士の頭に手を置き、小さな頭がユラユラ揺れるくらいに撫でた。 「てっ店長?!」 困惑する雛士にグイと顔を寄せて呟いた。 「本気にしていいよ。俺は結構マジで君を口説いてる。店長なのに…これは不謹慎?」 「っっ!…お、俺、休憩終わりだと思うんで!」 グビグビっとカップを空にして、スタッフルームに飛び込んで行った雛士。 「おぉ〜…これは脈あり、かな」 柿田はニッコリ微笑み空のラテボウルを覗き込んだ。
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