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8 雛士がバイト初日の日は、店内は意外にもゆっくりしていた。おかげで新名からしっかり段取りを聞けたし、何より休憩時間に柿田の淹れたラテアートを堪能でき、雛士は嬉しくて堪らなかった。 雛士はバリスタの柿田を尊敬していたからだ。 バックヤードで新名と各テーブルの補充品を取りに来ていた雛士は思わぬ事を問いかけられ弾かれたように顔をあげた。 「雛士ってさ、店長と同じ人?」 「えっ?」 「あ、いや…ほら、えっと…違ったならごめん」 頭を掻きながら申し訳なさそうにする新名に、雛士は苦笑いした。自分がゲイかと聞かれた事は正直なところ初めてではなかったせいもある。 「俺の見た目がこんなだからですよね?…頼りないって良く言われます」 「いやっ!別にそういうわけじゃっ!」 「店長のこと…俺、雑誌で知ったんです。何年か前なんですけど、バリスタって仕事に誇りを持ってるの凄く伝わって、それで、この人の淹れたコーヒー飲んでみたいなぁって思うようになって、まさかこんな近くにあるお店で働いてるなんて思わなくてビックリでした。」 「それでここに?」 雛士は首を左右に振る。 「最初はお客さんで何度か。そしたら、大学の友達がここの面接を受けるって聞いて、募集してたなんて知らなくて。でも、その友達が行かないって言い出して、代わりに適当に行ってくれないかって。俺、嬉しくて」 「あぁ…で、時間、間違えて来ちゃったのか」 面接の日を思い出すように新名は顎を撫でた。 「はい…面接終わってから友達からメールが来て、時間ミスってたわぁって。」 「その友達悪いけどポンコツだな」 新名は顔を顰める。雛士は苦笑いして、「悪い人ではないんですけどね…ここに来れたのもその人のおかげだし」と友人を庇った。 その後、雛士は肝心のゲイかどうかを答えないまま、新名と各テーブルに紙ナプキンやタバスコの補充を終える。 バイト初日の雛士は午前出勤で退社予定になっていた。 「ヒィ〜ナッ!」 スタッフルームで着替え中だった雛士の後ろから声がする。振り返るとそこには柿田が立っていた。 「ビックリしたぁ…どうしたんですか?」 あまりに小さい雛士は180はゆうに超えているであろう柿田を見上げた。 「新名からヒナは上がりって聞いてね。顔みたかったから覗きに来ちゃった」 雛士は真っ赤になりながら着替え途中だったロンTをあたまからスッポリ被った。 「そうなんですね。…ぁ…えっとお疲れ様でした!また…明日も宜しくお願いします!」 「うん。宜しく。」 リュックを背負った雛士がペコリと頭を下げた。 「もう帰るの?」 「いえ、今から大学です。」 「そっかぁ…気をつけてね」 「はい!じゃ」 「あ…」 「?…どうかしましたか?」 「ううん…また、明日ね」 柿田は殊の外切なげに目を細めそう呟いた。 雛士は一瞬ドキリと胸が鳴りギュッと胸元の服を握る。 「はい…また明日」 雛士がスタッフルームを出て行く。 取り残された柿田は閉まった扉を眺めて苦笑いした。 「また…明日…ね…ヒナ」
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