イヌガミノイヌキ

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イヌガミノイヌキ

 イヌガミノイヌキヒコは隣村の住むイヌガミの一族の長である。年は同じだが、族長であったイヌキの父が早くに亡くなったため若いながらも一族を纏めることになった。  背丈はそれほど高いわけではないが、眉目秀麗であり、俗に言うイケメンというやつだ。体の線も細いながらその撃剣は鋭い。    イヌキたちが駆けつけた時にはもう鬼たちは立ち去った後であり、残っていたのは村人たちの遺体だけだったという。    イヌガミの一族はその遺体を回収し、弔ってくれた。    ばあさん、いや育ての親であるサクヤサヤカは生きていた。意識はあるものの、もう昔のように戦うことはできそうにない。  キビの村は完全に破壊されてしまったため、イヌガミの村で世話になることになった。  「ばあ様。俺は村の仇を取るために鬼を滅ぼします」  正直言って目的はそれだけではない。深手を負わせたあの鬼は自分について何かを知っているような口振りだった。仇は当然取りたいという気持ちに偽りはない。しかし、それだけではないのも事実だ。  俺の決心をばあさんは二つ返事で了解してくれた。  そしてキビ団子を差し出す。  キビの団子はただ美味いだけではない。傷ついた体を癒すことができる。それに元々はイズモのスサがこの地を訪れた時、鬼に虐げられていた人間を元気付けるために配られたものだという。  言わば、スサとキビの人々を結びつける大切は食べ物らしい。  それ以来、キビ団子を相手に渡すことは仲間と認めた証でもあり、一種の主従関係を表すものとなった。  そのような象徴的なものをもらうわけにはいかない。これはあくまで自分自身が仇をとると勝手に思い込んでのことだ。 「モモタケルよ。キビ団子は人々の団結の象徴。鬼をなんとかしたいと思っている者は少なくない。あのイズモのスサも村の長であったタケスメラギもこの世にはもういない。私もそう長くはないだろう。次のキビの村の長はモモタケルしかおらん。鬼に苦しむ人々をキビ団子をもって救いなさい」  ばあさんの言うことは理解らなくもないが、キビの村の象徴は自分ではないと思っている。目的が仇討ちだけではないからだ。それに桃から生まれたのではないにしても、この地の者ではないはずだから。  ばあさんには何かと理由を付けてキビ団子を押し返す。 「モモタケル。キビの村の長であるばあ様もああ言っている。俺はモモタケルに従う。そのキビ団子を俺にくれないか?」  イヌガミノイヌキヒコはそう言うとこちらが手渡す前にキビ団子を奪い取り食べてしまった。こうしてイヌガミの一族の長であるイヌキが仲間になった。  鬼の本拠地は鬼ヶ島という島らしい。  キビの村から目視でも確認できるがキビの村周辺には舟がない。それに舟の扱いがわからない。  そのためにもやはり仲間が必要だ。自分が鬼退治の象徴となるのは少し違うという認識もあるが現状としてはこれを利用しなくてはそもそも鬼が住むという鬼ヶ島にすら行けないのも事実だ。  この地方も広い。舟を扱える村もあるだろう。それに鬼と戦える剛の者を集める必要もある。    キビの村にはもう人が住んでいないので自分だけでは情報収集もままならない。それを承知しているイヌキが一族を上げて情報収集をしてくれることになった。  そして、その成果は早くも訪れた。 「西にカリビトノキジヒコあり。その者、強き弓を引く」  俺もイヌキも得物は刀だ。戦いにおいて弓は遠方から攻撃ができる優れた武具である。鬼たちとの戦いも有利になるだろう。  ただ、カリビトノキジヒコは齢七十を越えているいう。戦死したタケスメラギよりも年上である。  そのような男が我々のような若輩者に力を貸してくれるだろうか? それにそんな年令で戦うことができるのだろうか? 「まずは会って話をしよう。迷うのはそれからだ」  いつも前向きなイヌキの言に従うことにした。    大勢で行動すると目立つので旅はイヌキと自分の二人だけだ。道中で鬼の襲撃があるかもしれないが、二人であれば十分に戦うことができる。  それにイヌガミの村から戦える者達を派遣してしまうと村の防衛にも影響がでる。  タケスメラギとサクヤサヤカの二人がいたキビの村であっても鬼の襲撃から村を守ることはできなかった。  村には戦える者を多く配置した方が良い。それに簡単には村に侵入できないように堀などの防衛設備も必要だ。  そのためには人手がいる。    いよいよ旅立ちの朝である。村の入り口に皆が集まっている。キビの村の生き残りがばあさんだけなのが少し寂しい。  こうして鬼退治と自分が何者かを確かめるための旅が始まった。    
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