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ショウジョウの一族とウミの津
揺光の使い手であるカリビトノキジヒコを仲間に迎えることができた。そして、スサたちの鬼討ちの伝説が真実とは少し違った形で現在に伝えられていることも知ってしまった。
モモタケルたちがイヌガミの村に戻ると、村全体を囲うための堀の造成工事が行われている最中であり、村全体が活気付いている。
築城に必要な木材などはショウジョウの村の者から調達しているらしかった。ショウジョウの村とはワカヒコが言っていた「ショウジョウの一族」の村のことだ。
しかし、現在「ショウジョウの村」は存在していない。彼らは行商する生活様式となったため、定住地がないのだ。
「ショウジョウの一族は商売上手だな」
「ショウジョウの一族の者に言えば何でも手に入るみたいだぞ」などと村の者たちは興味津々だ。
村ではショウジョウの一族から購入したと思われる資材や武器が多くあった。
「ショウジョウノエンノジョウという男が長になってからショウジョウの一族は変わった」
「噂では鬼たちとも交易をしているらしいぞ」という声も聞こえる。
その繁栄を羨むかのように噂も耳にする。しかしショウジョウの一族は舟を扱うことができる。つまり、アメノカガミノフネを扱うことができるということであり、鬼ヶ島に行くためには必要不可欠な存在だ。
彼らの助力を得るためにはショウジョウの一族の長であるショウジョウノエンノジョウを仲間にしなくてはならない。
モモタケルたちはオクの里から戻ってすぐではあったが、イヌキの屋敷で今後について相談することにした。
キジヒコにも話し合いには参加してもらいたいところではあるがキムヌとともに庭で遊んでいる。
そののどかな風景にまたしてもキビの村を思い出してしまう。
「イヌガミの一族の力でエンノジョウに居場所を探すことはできないだろうか?」
「探している。しかし彼らは直ぐに移動するため、場所の特定が困難だ。何しろ交易で得た富が莫大だからなぁ。盗賊や鬼の類に奪われないように頻繁に居住地を変えているらしい。なんでもヤマトの方まで行くこともあるとか」
「ヤマトか。随分遠くまで行くのだな。ヤマトって確かオクの里のもっと東ではなかっただろうか」
「その通りだ。イヌガミの村に滞在しているショウジョウの一族の者が言うには物資の流通のためには一か所に留まるのは良くないらしい。一か所にとどまると物流もとまってしまうとのことだ」
言っていることは分かるが、これではいつまで経っても会う事すらできない可能性が高い。
その時モモタケルの脳裏にちょっとした名案が浮かんだ。
「ショウジョウの一族が用意できないものはないという話だったな。そこで、どうだろうか? ”ショウジョウノエンノジョウ”という注文をするのは」
「こちらから行けないのであれば向こうから来てもらうということだな。なかなか面白そうだ。あとは彼らがその冗談に乗ってくれるかどうかだが。まぁ、試してみる価値はある」
こうしてショウジョウの一族の者に「ショウジョウノエンノジョウ」という注文をした。キビ団子と一緒に注文の主旨を示した手紙も託す。
この地方に住む者であれば鬼退治という大義は共通の目標のはずだ。
あとはこの冗談めいた注文に反応してくれるか、だ。
エンノジョウ注文の日から七回太陽が昇った。何かしらの反応があっても良いのではないだろうか。
キジヒコは腕が鈍るということで村の若者たちと食料調達のついでに山に狩りに行ってしまった。
もちろんキムヌも一緒だ。キムヌも始めこそ、大きな熊であるため村人から警戒されていたが、よく見ると愛嬌がある。笹の類は食べないが主食はドングリなどの木の実のようで動物を襲うことはしない。白黒のモノトーンはなんとなくオシャレでもある。そのような穏やかな姿や仕草が受け入れられたようだ。
最近ではよく子供たちとも遊んでいる。
キジヒコは齢十四。名前は男子だが中身は女子。萌黄色の水干を着て、髪を後ろで束ねている垂髪は凛とはしつつも、可憐な雰囲気を醸し出している。か弱そうに見えるものの、弓矢を手にするとその様子は一変する。
そこにギャップ萌えするという者が大勢いるのも事実だ。世の中、なにがウケるかわからないものだ。
今日も平和な昼下がりである。
モモタケルはイヌキの屋敷の縁側に腰かけ、何気なく空を見上げる。晴れてはいるものの、西の空だろうか。濃い色の雲が集まっており、その曇天の空をカラスがぽつんと一羽飛んでいるのが見えた。ぽつんと飛ぶカラスがなんとなく自分のような気がして落ち着かない。
太刀の手入れでもしようと思い立ち上がったところだった。
「モモタケル。唐突だが、お前に会いたいという者が来ているぞ」と、イヌキがよいタイミングでやって来た。
「エンノジョウ、ではなさそうだな」期待が込み上げ声色が浮ついていることにモモタケル自身も気がついている。
「いや、それが。遣いの者としか言わない。要件はモモタケルが来てから伝えると言っているので詳細はわからない。エンノジョウは男性と聞いているが、訪ねてきているのは女性だから、本人ではないだろう。とりあえず会ってみてくれ。俺も同席する」モモタケルの様子からイヌキは期待させてすまないといった感じで少し肩をすくめる。
モモタケルはイヌキに促され応接間へと向かった。
応接間に着くとまるで天女の羽衣のような様相の者が立っている。その黒髪は長く、腰ほどまである。今まで気品とは何か理解していなかったが、これが気品というものなのだろう。
その肌は白く、透き通るような瞳はやや明るい緋色だ。美人という類の人間に間違いない。
しかし、その美人に似合わないものがただ一つだけあった。
それは腰の太刀だ。
モモタケルやイヌキのものより一回り大きい。あんな太刀と振るうことができるのだろうか。それともただの飾りか―――。
「貴女は」と、モモタケルはふた言めが出てこない。
「貴方がモモタケル殿ですね? 主であるエンノジョウより注文の回答を持って参りました」モモタケルはやや機先を制されたかたちになった。
「回答―――。エンノジョウ殿はこちらには来ていただけなかったようですね」一見してその結果はわかる。目の前にいるこの女性はエンノジョウではないのだから。
「随分とせっかちな方ですね。回答はこれからいたしますのよ。ふふふ」
これが上流階級がするという含み笑いというやつか。しかし美人がするとそれほど嫌味なものに感じがせず、何か意味のあることのように感じるから不思議である。
モモタケルは落ち着きを払い「お話を伺いましょう」と、紳士的に振舞った。彼女からの気品を気圧され、子供じみた態度を出すまいと意識すればするほど、モモタケルの中のあどけなさが顕在化しているのではないかという錯覚に陥る。
彼女の名はササラ。エンノジョウの奥方の侍女ということだ。
「―――と、まぁそういうわけでエンノジョウはモモタケル殿に興味があり、話をしたいと申しております。鬼討ちの助力を願いたい旨が理解しております。その回答は実際に会って話してからということです。我がウミの津までお越しいただくことは可能でしょうか?」
ウミの津。その地名は聞いたことがある。キビの村の浜辺から見えてはいるものの、舟でなければいけない場所。キビの村からか辛うじて見ることができるがいつも霧の中にある岬の名である。
「やはり、舟をお持ちのようですね」と、イヌキが諮る。
「はい。ショウジョウの一族は漕舟の技術をスサより授かっておりますので」
「いや。俺が訊きたいのは舟を持っているのかということです。丸太舟ではないのでしょう?」イヌキが意味有り気に確認する。造船技術は鬼しか持っていない。イヌキが言いたい事はそこである。
「それは、来れば分かります」と、ササラは妖艶に笑う。その笑いにも意味があるようにすら見える。
イヌキが一瞬だけ刀に手を掛ける。その警戒心で場がピリつく。イヌキはササラを信用していない。イヌキには彼女の美しさが通用していないのか、イヌキからはササラへの敵愾心すら感じさせる。
「ササラ殿。エンノジョウ殿のお身内である証拠はありますか?」と、モモタケるは慌てつつも、袖でイヌキの手元を隠しながらササラに尋ねる。
「モモタケル殿もこれには見覚えがあるでしょう」と、言いながらササラはその袖の内からキビ団子を差し出した。
「これはモモタケル殿、貴方がエンノジョウに送ったキビ団子ですよ」
落ち着きを取り戻したイヌキがササラからキビ団子を受け取り、確認する。
「モモタケル。間違いない。あの時のキビ団子だ」
「主のエンノジョウがこのような事があることを予想し、わたしの身分を証明するために持たせたものです。これで信用してもらえますか?」ササラはまたしても妖艶に笑う。これは意味がある笑みではなく、美女特有の何かなのだろう。
「わかりました。ウミの津まで連れて行って下さい」と、モモタケルは快諾する。
「俺もだ。モモタケル。あとキジヒコも呼んでくる!」イヌキがキジヒコを呼ぶために外に駆けていった。イヌキの行動は早い。まだ、いつ行くとも決まっていないのだが。
思ったことが伝わったわけではないのだろうが、ササラがそのことについて提案する。
「モモタケル殿。出発は明日の朝としましょう。わたしの舟はキビの浜にあります。明日の日の出にお越しください」
キビの浜。キビの村の面している浜辺だ。ここから一番近い浜である。
「わかりました」
「お待ちしております」
話もまとまりササラがキビの浜まで帰るというので門まで送ることにした。本来、客人の見送りは館の主の仕事だが、その主のイヌキがキジヒコを探しいっていないので自然、モモタケルが見送ることになった。
「それでは、明日」
「ええ、また明日。よろしくお願いします」
ササラが門を通過したのを確認したので、モモタケルも部屋に戻ろうとした。
さて、待てよ。手ぶらで行くのもどうか? モモタケルはワカヒコを訪ねる際に何も持たずに行ったことを思い出した。ワカヒコはそれについて何も言わなかったが、礼を失した行為であったと反省している。
できればエンノジョウの好物を土産にするのが良いかもしれない。手ぶらで人の家に行けるのは子供だけのはずだ。と、モモタケルはササラの気品に触発されている。
軽く相談しようと思い、門から出てササラの姿を追うことにした。
モモタケルが門の外にササラを確認しようとした。しかし、その姿が見えない。
先ほど出て行ったはずのササラがいない。
その姿はすでに消えていた。
その場にはササラの付けていた甘い香りだけが残っていた。
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