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6月3日(火)② おたぬき様の恋愛指南
〈理科準備室〉。
周囲を確認してから、こそっとドアの鍵を開けると、鼻をつくホコリっぽい匂いにケホケホと咳きこんだ。
「この部屋には児童も教員も来ないのですね?」
さっきも聞いた質問を、たぬがもう一度確認する。
いやに慎重だなぁ。
「うん。いつもは施錠されているんだけど、前に先生の手伝いをしたときに鍵の保管場所を教えてもらったの。ココって昔の教材がしまわれていて怖いんだよね……うわっ、人体模型!」
「ではおあつらえ向きです」
わたしの手から、たぬがぴょんっと床に降り立った。
瞬間、小さなたぬ太郎の目線が、わたしの目の前に――いや、それよりもちょっとだけ高くなる。
ふわふわの毛は窓から差し込む日差しに溶けて、金髪の、すき通るような白い肌にこはく色の瞳の少年の姿に変わる。
「たぬ。あの、呪いの正体が恋……って、どういう意味?」
たぬきが相手ならスラスラとしゃべれるのに、たぬが人間になるとすこし緊張してしまう。
だって、ムダに顔がいいんだもん。
「恋は闇、とも申します。独占欲、嫉妬、執着、猜疑心……ひとの理性をまどわせてしまう恋は、呪いとの相性がバッチリなのです」
「しかし女王気質の莉杏が、コドモっぽい葵を好きとはねー。恋愛ってよくわかんない」
「わからないのは至極当然。恋する理由は百人十色、アプローチの方法は千差万別。たで食う虫も好きずきと言いますしね」
唐突に、たぬの恋愛指南が開幕してビックリ。
「たぬきも恋愛するの?」
「たぬきは一夫一妻制。すぐペアを乗りかえる人間と違って、一途なのです!」
「へえ~。もしやたぬにも、故郷にカノジョがいる?」
「………………」
この沈黙。
いないんだな。
「そもそも、たぬの正体はたぬきなの? それとも人間なの?」
「瑚兎は細かいコトを気にしますね」
重要な質問だと思うんだけどな!?
だってたぬは昨晩、わたしのお風呂にもトイレにもついてきていたんだよね……? オスとはいえたぬきならオッケーだけど、人間の、しかも同世代の異性となると……深く考えたらダメな気がする。
「わたくしの父は偉大なるたぬき、母は人間です」
「なるほど」
混血かあ……どう判断すればいいかビミョーなライン。
「人間姿のわたくしも、なかなかの美形でしょう。たぬき姿はさらなり……」
「自分で言っちゃうんだね。で、これからどうしたらいいの?」
「解呪にはいくつかの方法がありますが、もっともシンプルかつ初歩的な方法は〈縁切りの解呪〉です。呪われている人間と、呪っている人間を特定して、ふたりの縁を切ってしまうのです。縁が切れると同時に呪いも終了します」
「ふむふむ」
「放課後、理科準備室に莉杏をおびき寄せて、ここで冥花に解呪してもらいましょう。今からやるのはそのための下準備。筆記用具は持ってきましたか?」
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