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ハンカチで顔を拭いて、気合いを入れ直す。
陽芽と知り合ってたった一ヶ月ばかりしか経っていなくても、むしろ、そんな短いあいだに親友になれたんだからホンモノの友情じゃない?
さみしい思いをさせたのなら謝らなきゃ。
わたしがだれと友達になっても、陽芽の一番は変わらないって伝えなきゃ。
呪いがどうとか、後回しだ。
陽芽を不安にさせたりしない。
だって親友だもん。
「陽芽!」
海岸の砂浜を走る陽芽は、離れていてもわかるくらいに息があがっている。
ていうか葵は!?
まさか追いかけておいて迷っているんじゃ……あーもうっ。
「陽芽――――!」
「来ないでぇっ。陽芽、瑚兎のコト操れるんだからねっ!」
リュックから陽芽がなにかを取り出した。舞由さんが持っていた木彫りの人形と似ている……けど違う。もっと精巧で、人間にそっくりな、小さなマネキンみたい。
「見ててぇ」
陽芽がそれを、波打ち際に落とした。
――冷たい!
「ぶえっくしゅん!」
この冷たさ、最近よく感じてた……風邪じゃなかったんだ!
「まだだよぉ」
濡れたマネキン人形を、陽芽がサンダルで踏みつける。
「いっ痛……」
「わかったぁ? コレ、〈瑚兎子人形〉。瑚兎子は陽芽にさからえないんだよ」
わたしが寒気を覚えるのは決まって陽芽と一緒にいないとき。それも頼まれ事を引き受けたときだった。
思い返せば、陽芽と図書室にいるときに風鈴は一度、鳴ったのだ。
「陽芽と瑚兎子は、親友だよねぇ?」
……陽芽……。
「親友ならそんなモノ作りません」
「夜田嶋さん。部外者はだまっててぇ」
「部外者じゃありません。その人形を渡してください!」
たぬきに早変わりしたたぬは、陽芽に一直線に飛びかかり、右腕にかみついた。
「なにすんのよおおっ、気持ち悪いっ。この化けだぬき!」
陽芽が腕を振りおろし、たぬはそれを避けた拍子に海へと落下してしまう。
ぽちゃん、と小さな水しぶき。
たぬはすぐに海面からピョコンと顔をのぞかせた――が、とつぜん波が寄せてたぬをおおい隠した。
「たぬ!?」
大きなうねりはたぬの小さな体を押し流す。
一瞬、人間の姿に戻ったのが見えたが、それきり波にさらわれてどこに行ったのかわからなくなった。
「やだ。たぬ、たぬ!」
わたしはハッとして、膝からくずれ落ちた。
一メートル以上離れたのに『ずーん』と落ち込む感じがしない。
――これって、血の契約が終了したんだ。
ざざあん、と波が打つ。
たぬはもういない。
死んでしまった。
わたしより早く、たぬが――。
「どいつもコイツも、陽芽と瑚兎子の邪魔をするから悪いんだ」
「陽芽……ッ」
「瑚兎子、陽芽を怒らせていいの? この人形を海に投げたら、瑚兎子もおぼれて死んじゃうよ?」
「陽芽がやりたければやればいい」
「本気だからねぇ!」
「うん。いいよ。そしたら、たぬのところに行けるもん!」
「瑚兎子……そこまで……」
わたしは無我夢中で波をかき分ける。
たぬ。どこ。
たぬ!
「瑚兎子。悪い、オレ道に迷ってた!」
「瑚兎子ちゃん、たぬ太郎さんが海に落ちたわよね!?」
「葵、ユウヒ先輩」
波打ち際で、しぶきが涙をごまかしてくれる。
「たぬ太郎ってなんだ? あ~もう、なんだかわかんねーけど、オレ泳ぎは得意だぜ!」
「ダメよ、危ないわ。わたし大人のひとを探してくる。葵くんは瑚兎子ちゃんと一緒にいてあげて!」
ユウヒ先輩が全速力で駆けてゆき、葵は心配そうに、ジャージの上着を羽織らせてくれた。
「……そっか。やっぱり瑚兎子は、陽芽のものにはなってくれないんだぁ……」
りーん……。
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