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6月3日(火)① 親友とクイーンと彼の事情
りーん。
図書室の机に頬づえをついてながめる窓の外で、のんびり流れる雲の白。
いつもと変わらない青い空に、遠くに見える青い海。
校庭のすみっこに咲いているあざやかな紫陽花。
町を囲うような赤い提灯。
ピンク色のワンピースは、親友の陽芽。
「どーしたのぉ。〈よろず屋・ことちゃん〉ともあろう瑚兎子が、めずらしく深刻な雰囲気で」
「……そのあだ名やめてよー。なんでも引き受けちゃう性格を反省してるトコなんだから」
「そりゃ陽芽だって、瑚兎子にもっと一緒にいてほしいけど。昨日は転んだ一年生をおんぶして登校、昼休みは三年生のなわとび練習につき合って、放課後は用務員さんの代理でお花の水やり。今朝はバスケ部の助っ人で練習試合に出ていたひとが、どこをどう反省してるって?」
ぐうの音も出ない。
〈よろず屋〉の看板をおろしたいよ~。
「ていうかさ、箱推しってどう思う?」
陽芽は本を閉じて、思いっきり顔をしかめた。
「キライっ。だってグループ全員が好きとか言って、ひとりにしぼれないっていうワガママじゃない? 推しひとすじの陽芽的には浮気を正当化しているだけって感じ!」
普段はおっとりしている陽芽だが、こういう話題になると言葉がちょっとだけきびしくなる。
「コホン」
貸し出しカウンターに座る図書委員がギロリとわたしと陽芽をにらんだ。
わたし達は図書室をあとにし、しゃべりながら教室へノロノロと向かう。
「まさか瑚兎子、マシロくんの単推しから〈あねたば〉の箱推しに変わるのぉ?!」
「そういうんじゃないけど」
〈あねたば〉とは、わたしと陽芽が推す〈アネモネの花束〉という男の子四人のグループだ。
わたしのクラスでは誰かを応援する、いわゆる〈推し活〉が流行っていて、もはや恋愛や友情に並ぶ勢い。
あねたばファンはまだまだすくないけど、そのうち日本一の大人気グループになるはず。
「昨日、『夕霧町を箱で推してる』って言うひとに会ったの。町を推すってヘンだよね?」
「町推し……町おこしをがんばりたいって意味かなぁ? 陽芽は去年引っ越してきたばかりだからよくわかんないけど、夕霧町の独特な雰囲気が好きなのかなぁ」
ここで生まれ育ったわたしにはピンとこないが、陽芽いわく夕霧町は変わっているのだそうだ。
教室の出入り口には盛り塩が置かれ、壁のあちこちに御札が貼られ、先生達は数珠を身につけて授業をする。
学校には悪霊退散のための対策だらけ。
外のあちこちにある提灯は、飾りじゃなくってじつは厄除けなんだとか。
「ねえ、陽芽。知ってる? 境目の山にある逢魔がみ――」
【『約束は守れ』、と冥花からの伝言ですよ】
急に頭の中にたぬ太郎の声がひびいて、わたしはパニックになった。
き、気のせいだよね!?
「おうまがみ?」
「な、なんでもない。えっと、ただのおまじない!」
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