6月9日(月) 呪いと涙と雨上がり

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「お待たせしました。いや~、思いのほか波に流されて、戻るのに時間を要しました!」  ぴょん、と二階まで跳ねて、たぬが窓枠に乗った。 「生きてたの!」 「当たり前でしょう。わたくしは偉大なるたぬきの子孫ですよ。あの程度、屁でもありません」 「でも血の契約が。離れても『ずーん』ってならなかった」 「なりませんでしたか?」 「……言われてみれば、すこし、いやかなり落ち込んだかも。でもそのあと持ち直して元気になったよ!」 「血の契約を上回るなにかがあったのでしょうか?」 「うーん。冥花がいればわかるのに……って、たぬ!?」  あたたかな体温。  たぬのにおい。  うわ、わたし、男の子に抱きしめられたのって生まれてはじめてだ! 「た、たぬ!? せせせせめてたぬきの姿で抱きついてくれないかな!?」 「……すこしくらい、いいじゃありませんか。せっかく再会できたのですから」  顔が真っ赤になるのがわかる。  心臓がばくばくするのを隠しきれない。 「はい、もうおしまいっ。再会って言ったって、たった一日なんだから!」 「そう照れなくても」  ああ、もうっ。  照れるなって、ムリに決まってるよ!  たぬきって男女関係に鈍感なのかな!? 「……たぬ。おかえり」 「ただいま、瑚兎」 「もうどこにも行かないでね」  たぬはわたしの手を握って、やさしく微笑んだ。  帰り道。  逢魔が宮の工場現場には、昨日まではなかった貼り紙があった。 〈本殿の改修工事が終わるまでは仮殿にて御参拝ください〉 「仮殿?」 「神様の仮住まいのことです。逢魔が宮は取り壊されたのではなくて、建て直されるだけみたいですね」  りーん……。 「あれ? 風鈴が鳴った」  周囲にはわたしとたぬ以外はだれもいない。  呪いの気配はないハズ。  ってことは、冥花側の風鈴が鳴ったってコト?  境内の紫陽花は暑さにしおれ始めている。  りりーん…………。  バリケードの向こうから聞こえるいつもの風鈴の音。  すこし早い、夏の訪れを告げるような明るい夕暮れがわたしを出迎えた。  たぬと、ふふっと笑い合う。 「――冥花。おかえり!」 「瑚兎子。みずから呪いを解いたようじゃな」 「まあねっ。一連の事件は、この本が原因だったの。もうだれの手にも渡らないようにできないかな?」  冥花は本をぞうきんみたいに指の先でつまんで、「うええっ」と顔をしかめた。 「こんな物が夕霧町にまぎれこんでいたとは……〈これっきり・あとのまつり・えんきりきり〉!」  本はたちまち光に包まれて灰になる。 「ふう、これにて一件落着」 「いったいなんの本だったの?」 「世の中には弱い心を利用しようとする、悪い呪術師がおってのー。そういう輩がいたずらで書いた本じゃろう。じつは、夕霧町にはまだまだヒミツがあってのう。この町は大昔、さっきの本のようなをわざと集めるように結界が張られたハコワナの町だったのじゃ」 「ハコワ……」 「(はこ)(わな)とは、箱の中にエサを置いておびき寄せ、中に入ると入口の扉が閉まる仕掛けになっている罠のことです」  たぬが聞いてもいないのに補足する。  ……知らなかったから助かったけど! 「夕霧町は呪いをおびき寄せる罠そのもので、罠にかかった呪いを、解呪師の冥花が退治していたってコト?」 「YESじゃ。いまも昔の名残で、呪いが集まりやすいんじゃ。しかしめーかは逢魔が宮の神様じゃから、今回のように神社から出られなくなってしまうコトもある。――そこで、じゃ。瑚兎子、たぬ。これからも見習い解呪師として、めーかを手伝ってはくれぬか?」 「えっ。よろしいのですか!」 「わたしまで!?」 「それから、瑚兎子とたぬの血の契約も解かねば……ん? すでに契約は解けておるな?」 「そうなんですよ! どうしてひとりでに契約が解除されたのでしょうか?」  たぬがたずねると、冥花はニヤっと笑った。  みょ――に意味深な笑顔。
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