6月2日(月) 巫女とたぬきとわたしの呪い

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6月2日(月) 巫女とたぬきとわたしの呪い

 もしも、下校中に野生のたぬきがあらわれて「そこのかわいいお嬢さん。どうか助けていただけませんか?」と頼んできたとしたら――アナタならどうする?  第一に、たぬきが人間の言葉を話すワケがない。(常識だよね)  第二に、万が一しゃべる種類が存在するとして、見知らぬたぬきは怪しすぎる……。(しかも見えすいたお世辞つき。なんらかの詐欺かも?)  第三に、そのたぬきさんがシリアスな事件に巻きこまれているのなら、小学生五年生じゃ太刀打ちできっこない。(例えば、ハンターに追われているとか。映画の見すぎかな?)  話を聞いてしまった時点でわたしまでハンターに狙われるかもしんない!  ――以上の理由から、【無視をして立ち去る】あるいは【おとなを呼ぶ】が正解だと思う。  だから、わたしはこう言ってやった。 「いいよ。助けてあげる!」  夕日に照らされたしっぽの影が、ぶんっと揺れる。 「本当ですか!」 「もっちろん!」  ――って、あ~~! またやっちゃった。なんでも安うけ合いしちゃうのは、わたしの悪いクセだ!  親友の()()からも「()()()のおひとよしっぷりは長所だけど、いつか面倒事に巻きこまれそう~」と心配されている。  今日だって、腰を痛めた用務員さんの田中さんに代わって花だんの水やりをしていたら、もう日が暮れそうだ。 「……で、なにをどうやって助けたらいいの?」 「カンタンなお願いです。これを外していただけないかと」  くるりと振り返ったたぬきの足には、トラバサミ(動物の手足をはさんでつかまえる罠のこと。ゼッタイに使用禁止!)がばくっと食いついており、薄茶色の毛が血でぬれている。  ――うわっ、痛そう!  手早くトラバサミを外してあげると、たぬきはぴょこんとお辞儀をした。 「あ~。あやうく干したぬきになるところでした。ありがとうございます。あなたを選んでお願いして正解でした!」  ここは通学路から一本奥に入った、小学校からわたしの家までの近道。  あんまり使う子はいないけど、わたしが通りがかるまでだれも来なかったハズはない。 「どうしてわたしを選んだの?」  もしかして『かわいいお嬢さん』ってのはお世辞じゃなく本気だった? いや~、たぬきにモテるのはさすがのわたしでも困っちゃうかな~。  待てよ。多様性の世の中だし?  初めての彼氏がたぬきってのも悪くない? 「お願いしたら断らなさそうなまぬけづ……コホン、やさしい雰囲気をしていましたから」 「まぬけ(づら)って言いかけたよね?」 「あはは。失礼、つい」  ……じゃな――い!  失礼すぎるでしょ、このオスたぬきっ! 「それにしてもイマドキこんな古風な罠をしかけるとは、この町は時代遅れなのですね」 「たぬきさん、〈(さかい)()の山〉に入ったでしょ?」 「境目の山? すぐそこの荒れ放題の山のことなら、先ほど近道をするために通りましたが。それでガチャンと憎き罠に……」 「やっぱりね」  わたしはため息まじりに、たぬきさんの切り傷にハンカチを巻いた。  (ゆう)(ぎり)(まち)はフツーの小さな町なんだけど、境目の山だけは変なウワサがあるんだ。 『どこからともなく鈴の音が聞こえる』とか、『奥の廃神社に入るとカミサマに祟られる』とか『山で死んだ女の子の霊が出る』とか。  まあ、そんなくだらない怪談で怖がる年齢(トシ)でもない。  幽霊よりも恐ろしいのは、何十年も前に設置された罠や、不法投棄された様々なゴミが放置されているってコト。山の所有者がわからないものだから何年もそのままなんだそうだ。  つまり、危ない場所に子ども達が近づかないよう、おとな達がわざと怪談を流した――というのがわたしの推理。
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