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車を降りて雨に濡れながらホテルに駆け込んだ二人は、フロントでニ部屋利用を申し出る。
だが、みんな考えることは同じだったのだろう。
「申し訳ございません。今日はもうほぼ満室で、あと一部屋しか空いておりません。ダブルルームなのでお二人でのご利用は可能ですが、いかがいたしますか?」
空いていたのは一部屋だけ。
フロントスタッフは申し訳なさそうな顔で志穂と速水の顔を交互に見た。
……さすがに速水さんと同じ部屋は無理だよ! 緊急事態とはいえ、奥様に悪いし……。
志穂はチラリと速水の左手の薬指に光る指輪に視線を向けた。
いつも落ち着いていて大人の余裕がある上にルックスまで良い速水は、社内外から人気があるのだが、それを寄せ付けないのがあの指輪だ。
……それがなくても、男性とホテルの部屋で二人きりはちょっと嫌だなぁ……。速水さんがそういうことする人だとは思わないけど。
そんな志穂の気持ちを察してかは分からないが、速水はフロントスタッフに再び問いかけた。
「近くに他のホテルってあります?」
「ありますが、おそらくウチと同じ状況だと思います。先程別のホテルが満室でこちらへ来られたお客様もいらっしゃいましたので」
「そうですか。まあこの状況だとそうでしょうね」
軽く頷いた速水は、続いて志穂を見た。
背の高い速水に対し、志穂は女性の平均より低いため、自然と見下ろされる形になる。
「神崎には悪いけど、この状況だから我慢してもらっていい?」
「……あ、はい」
「ということで、空いてる一部屋を一泊でチェックインお願いします」
志穂に礼儀として一言確認すると、速水はサクッと手続きを済ませる。
今夜はここで同じ部屋に泊まることが決定した。
フロントにある時計を見れば、まだ時刻は夕方5時だ。
台風という想定外のハプニングで迎えた長い夜は始まったばかり。
そして、この夜をキッカケに二人の関係はただの上司と部下ではなくなってしまうのだが、そのことをこの時の二人は知る由もなかった――。
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