6693人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
お盆休みが終わり、少しずつ秋の気配が漂ってくる8月下旬。
暦上はもう立秋を過ぎ、とっくに夏の終わりを迎えているはずなのに、まだまだ厳しい暑さが続く。
つい先日もニュースで真夏並みの気温だと騒がれていたのは記憶に新しい。
しかし、そんな頃に姿を現し、私たちの生活に大きな混乱をもたらす存在がある――台風だ。
8〜9月は台風の発生件数が多く、日本列島への上陸が多い時期である。
そしてまさに今、神崎志穂は猛威を振るう台風を前に困り果てていた。
……こんなに酷くなるなんて。ニュースではピークは明日だって言ってたのに……!
どうやら迫り来る台風は予想より早いスピードで進行しているようだ。
取引先を出た時はまだ小雨程度で風もさほど強くなかったが、30分経っただけであたりは様変わりしている。
猛り狂う風雨の中、時折稲妻が光る。
雨粒を取り除こうと車のワイパーは忙しなく動くが全く歯が立たず、フロントガラスは曇って外の景色が滲んできていた。
「もうダメだな。これ以上は危険だろうな」
隣の運転席でハンドルを握る上司の速水航がつぶやいた。
志穂もそれには同意だ。
この視界の悪さの中で無理して運転すれば事故になりかねない。
ただ、ここは千葉県で、都内にあるオフィスはまだまだ先だし、この感じだと公共交通機関も全滅していそうだった。
一体どうするのかと心配に思いながら、助手席から速水の様子を覗う。
「しょうがない。ホテル行こうか」
「えっ⁉︎」
「確か近くにあったはず」
そう言ってハンドルを切った速水が向かった先は今いる場所から一番近い駅付近にあるビジネスホテルだ。
もう今日中に都内へ戻ることは無理だと冷静に判断したゆえの行動だった。
最初のコメントを投稿しよう!