おくすり・・

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 どうも、気分がふさいで優れない。尋(ひろし)は数日前から頭の周囲から妙にやんわりと締めつけられる拘束感のようなものを感じていた。別に何か悪い出来事があったとか、そういう訳では無かったが、そんな症状が何日も続くので、ネットで検索して調べて見た。 「うーん、症状としては、これかなあ・・。」 尋は早速、近所にあった心療内科に予約を取った。数日後、小さなテナントビルの三階にある、とあるクリニックを訪れた。 「すいません。先日予約した、尋というものですが。」 「はい。では、こちらの紙に、必要事項を書いて下さい。」 受付の女性のいう通りに、尋は連絡先や勤務先、最近の症状などについてチェックシートに印を書いていった。 「では、順番が来たらお呼びしますので、あちらでお待ち下さい。」 尋は薄らとピンク色が基調の待合室で座りながら、順番を待った。 「次の方、どうぞ。」 尋はドアをノックすると、診察室に入った。 「こんにちは。」 先生は挨拶をすると、チェックシートをもとに、質問を始めた。 「気分が優れない感じなんですね?。いつ頃ぐらいからですかね?。」 「はい。二週間ぐらい前から、何だか急に・・。」 先生は一通り質問すると、処方箋を書いて受付の女性に渡した。 「うん。お薬で少しずつ軽減していきましょうね。次は一カ月後で。」 「はい。どうも有り難う御座いました。」 特にカウンセリング的なこともなく、極めて機械的なやり取りではあったが、尋は心得ていた。以前にも別の所で診察を受けた経験があったからだった。受付で支払いを済ませ、処方箋をもらうと、尋は近くの薬局にそれを差し出した。数分後、尋は薬剤師から薬を受け取ると、簡単に成分や飲み方の説明を受けた。 「あ、これかあ・・。」 今回の診察前にも、この手の薬について検索をしてあったので、尋はもらった薬がどのような薬効なのかを、多少は知っていた。そして、いわれた通りに寝る前に一錠を飲んでから寝た。こんな具合に一カ月ほど、毎晩服用してみたが、然程の効果は見られなかった。そして次の診察の日、尋は再び件の心療内科にやって来た。そして、受付に診察券を出して順番を待った。やがて、自分の番が来ると、尋は診察室に入った。 「どうですか?。その後。」 「あの、申し訳無いですけど、大して効果が無かったような・・。」 「え?、そうですか?。結構強い目のを出したつもりだったんですが・・。では、仕方ありません。今回、特別なのをお出ししときますね。」 そういうと、先生は処方箋は書かずに、机の足元の引き出しを開けると、中から奇妙なオレンジ色の錠剤を取りだした。 「これを、週に一度ずつ飲んで下さい。ただし、他言無用ですので。呉々も・・。」 神妙な面持ちに、尋も思わず仰け反りながら、 「は、はい・・。」 と返事をした。帰りしなに診察券を受け取ったが、不思議なことに、お代は結構とのことだった。治療効果が上がらないとあっては、医師の面子に関わるのかなと尋は推測してみたが、相手方の心配より、自身の心配の方が先だったので、それ以上の詮索はしなかった。その日の晩、尋はいわれるがままに、その奇妙なオレンジ色の錠剤を飲んで床についた。翌日、目覚めると、 「ん?。何か特に、変わった感じはしないなあ・・。」 自身の感覚に昨日とは然程の変化も感じられず、尋はセカンドオピニオンにいった方がいいかなと、少し考えた。そのまま身支度を調えると、尋はいつものように地下鉄に乗って出勤した。電車に揺られている間は、然程気分が優れないのも気にはならなかった。そして、一番端の席でウトウトと眠りかけたとき、 「あ、財布が無い!。」 と、斜め向かいに座っていた初老の男性が大声を出した。尋は思わず目が覚めた。と同時に、尋の前を黒ずくめの男が一人、小走りでやって来た。日頃から厄介ごとに関わるのは避けるタチの尋だったが、その日は不思議と力が漲った。そして次の瞬間。 「えいっ!。」 と、掛け声一番、尋はその男の前に足を伸ばした。その拍子に、男は躓いて尋の目の前で転んだ。そして、先ほど初老の男性から盗ったであろう財布らしきものを懐から落とした。 「待てぇー!。」 老人が追いかけてきて、男の前で自分の財布を見つけると、 「やっぱりこいつが盗ったんか!。」 といいながら、老人は財布を拾うと、尋に何度もお礼をいった。すると何故か尋は、 「ふんっ!。」 と唸り声を上げながら、男を両手で抱え上げると、網棚の上にポンと置いた。流石にその光景には、他の乗客達も目を点にして驚いた。しかし、尋は何事も無かったように、電車が到着すると、スタスタといってしまった。数分後、 「あれ?、オレ、何やったんだっけ?。」 と、先ほどの行為のことは何となくは覚えていたが、どうして自分がそんなことをしたのか、全く思い出せなかった。そして、この奇妙な出来事を、次にッ心療内科に訪れた際に、先生に話してみた。すると、先生はにこやかな顔をして、 「やりましたね!。」 といって、カルテを書き終えようとしていた。尋は訳が分からず、 「何を・・ですか?。」 と、不思議そうにたずねた。 「だからあ・・、置く、掏り(おくすり)、ってね。」 「先生えーっ!。」 尋は思わず先生の襟首を掴んで、涙目になった。 「わ、解った、解ったから。苦しい・・。」 先生の哀れな声を聞いて、尋は手を離した。 「もっと、ちゃんとしたお薬をお願いしますよ!。」 「うん。解った解った。じゃあ、これで・・。」 そういうと、先生はまた机の足元の引き出しから、今度は奇妙な緑色の錠剤を取り出した。 「此処だけの話、今度のは凄いですよ。週に一度、やはり寝る前に一錠だけ飲んで下さい。くれぐれも一錠ですよ。いいですね?。」 先生は神妙な面持ちで、尋に教材を手渡した。勿体ぶったいい方に、尋も襟を正しつつ、 「あの、お代は?。」 とたずねた。すると先生は、口の前に人差し指を立てると、 「シーッ。それは結構。どうぞこのまま、お帰り下さい。」 そういうと、先生は尋を出口まで見送った。尋はもらった錠剤をポケットに仕舞うと、そのままビルを出た。そして、通りを歩きながら、 「さっきの薬、本当に効くのかなあ・・。」 と、既に半信半疑な気分が鎌首をもたげていた。そこで尋は、効果の程が如何なるものかと、寝る前でも無いのに、早速一粒、錠剤を飲んでみた。と、その時、 「あのお、すいません・・。」 一人の老婆が尋に声をかけてきた。 「はい、何でしょう?。」 「此処へいくには、どうすればええですかな?。」 そういいながら、老婆は小さなメモ書きを見せた。其処にはラフな地図が手書きで描かれていたが、目的地の名称がハッキリと読み取れたので、 「あ、それなら、此処から真っ直ぐいって、次の角を右に曲がった所ですよ。」 と、丁寧に説明した。ところが、 「ああ、そうですか。で、すまんですが、ワタシの代わりに、其処へいって来てくれんですかな?。ワタシゃ何か、面倒になってしもうて・・。」 そういうと、老婆は道路脇に座り込んでしまった。当然、尋は困惑したが、老婆のことを可哀想に思ったので、 「・・解りました。じゃあ、この包みを、待ってる人に渡せばいいんですね?。」 と用事を仰せつかると、仕方なさげに地図に描かれた目的地まで老婆の代わりに包みを運んでいった。そして、目印の地点に着くと、 「あの、お婆ちゃんからの頼みで、包みを持って来てくれた人ですか?。」 と、若い女性が尋に声をかけてきた。 「あ、はい。そうです。」 そういうと、尋はその女性に包みを手渡した。 「どうも有り難う御座います!。」 そういうと、女性は早速、受け取った包みを目の前で開けた。すると、 「・・・これ、何ですか?。」 そういいながら、女性は包みの中身を尋に見せた。尋が覗き込むと、中には銀杏の実が入っていた。 「あ、これ、銀杏ですね。」 「銀杏?、何ですか、それ?。」 「銀杏の木の実です。」 「食べられるんですか?。」 「ええ。網状の金具の中にこれを入れて、こうやって煎って・・、」 と、尋は食べ方を丁寧に説明した。すると、女性は顔を曇らせて、 「何だか大変そうですね・・。うーん、面倒だなあ。」 女性は尋が聞いているのも憚らず、怪訝そうにいいだした。そして、 「あの、よかったらこれ、差し上げますから、食べて下さい。」 そういって、包みを尋に手渡した。 「あ、でも、お婆ちゃんがアナタにって・・。」 「それなら後で上手くいっときますから。どうぞどうぞ。」 と、女性は半ば強引に包みを尋に手渡した。そして、元気そうに手を振って、その場を立ち去った。 「何だったんだ?、一体・・・。」 尋は仕方なく、そのつつみを受け取ると、家に銀杏を煎る器具を持ってないのに気付いた。 「うわーっ。貰ったはいいけど、これじゃあ、調理出来ねえなあ・・。」 そう呟きながら、尋は近くにある調理器具の店を訪れた。 「あの、すいません。銀杏を煎る器具が欲しいんですが?。」 すると、置くから店員が出て来て、 「ああ、うちは一般的な調理器具しか無いからねえ。そういうのはちょっと・・。」 と、在庫が無い旨を伝えられた。仕方なく、尋は別の調理器具を売っている店を訪ねた。しかし、 「うちには無いですねえ。すみませんが。」 と、やはり、其処にも器具は無かった。仕方なく、尋は三軒目の店に訪れたが、 「うーん、季節外れだしねえ。そういうのは無いねえ。」 と、其処にも器具は無かった。尋はこのとき、半ば意地になっていた。こうなったら、どうしても煎る器具を見つけてやると。しかし、その意気込みも長くは続かなかった。結局、まる一日かけて、十数軒訪ね歩いたが、結局器具は見つからなかった。尋は疲労困憊して、近くの公園に立ち寄ると、ベンチに座り込んだ。 「はーっ、何て面倒な一日なんだ!。銀杏を食べるだけなのに、こんなに手間がかかるとは・・。」 結局、尋は道具探しを諦めて帰宅した。数日後、尋は心療内科にいくと、 「で、どうでした?。」 と、早速、先生に薬の効果の程をたずねられた。 「どうもこうも・・、」 と、尋は先日の、薬を飲んだ直後に起きた出来事を先生に話した。 「おお!、やりましたね!。」 と、先生は上気していった。不思議に思った尋は、 「何が、やったんですか?。出会ったお婆さんも、女性も、そしてボクも面倒なことばかりで、ちっともいいことなんか無かったですよ。」 すると先生が、 「でも、三人とも、面倒だったんでしょ?。」 「ええ。」 「じゃあ、億劫、3(おっくう、スリー)じゃないですか!。」 そういいながら、先生は右手の親指を立てた。 「そっかー!、そうだったのかーっ!。」 尋は先生に合わせて、してやられたといった感じのリアクションを取ったかと思うと、 「・・って、先生い〜っ!。」 尋は急に先生の両襟を掴むと、目一杯顔を近付けて、 「あのね、ボクは治りたいんすよ!。解ります?。」 「く、苦しい・・。わ、解りました。だから、その手を・・、」 先生が声にならない声をあげると、尋はパッと手を離した。 「先生、次、ダメだったら、心療内科を換えますからね。」 尋が駄目押しすると、 「わ、解りました、解りました。じゃあ、今度こそ・・。」 先生はそういいながら、またもや机の下の引き出しから、怪しげな錠剤の入った瓶を取りだした。 「今度は何色ですか?。」 尋がたずねた。 「何色がいいですか?。」 「いや、いいも何も、もう其処に持ってるじゃないですか。」 「はは。そうでしたね。じゃあ、これ、いっときましょう!。」 そういうと、先生は瓶から鮮やかな紫色の錠剤を取り出した。 「これはね、昔々あるところに・・・、」 「能書きはいいです。何時飲めばいいかだけ、いって下さい。」 尋が話を遮ると、先生は物足りなさそうな表情で、 「此処ぞという時に飲んで下さい。」 「此処ぞ・・ですか?。」 「そうです。此処ぞです。何処ぞじゃ無いです。」 「解ってます。」 尋は先生の埒があかない話に見切りを付けると、半ば奪い取るように錠剤を手にした。 「あ、お代は結構ですから。」 「それはどうも。」 いくらタダとはいえ、そこはちゃんと礼をいうと、尋は受付に診察券を取りにいった。 「どうです?、具合は。」 初めは気付かなかったが、声をかけてきた受付の女性は結構可愛かった。少しぽっちゃりとして、おっとりとした感じだったが、何とも心安まる表情をしていた。 「はあ。具合は特に変わりは無いって感じです。」 尋がそういうと、 「うちの先生、変わってるでしょ?。」 彼女は、尋に直球を投げてきた。 「え、ええ。そうですね。」 「でも、何故かしら、憎めないというか、患者さん達も、他にいかずに、ずーっと此処に来てくれるんです。」 その言葉に、尋は若干耳を疑ったが、確かに何処か憎めない感じの先生であるのは間違い無かった。しかし、尋が今興味を示しているのは、先生にでは無く、目の前にいる彼女だった。 「あの、こちらには、長いんですか?。」 「ええ。今年で四年目になります。」 「四年もですか?。やっぱり、あの先生が気に入ったからですか?。」 「いえ。家から近かったからです。」 そりゃ、もっともな理由だと尋は思った。尋は会話を途切れさせまいと、 「へー、ご近所なんですか。ボクも此処からすぐ近くに住んでるんですが、全然お会いしませんね。何でだろう・・。」 彼女も、いわれてみれば確かにそうだという表情をした。と、その時、 「ん?、待てよ・・。」 尋はそう心の中で呟くと、さっき貰った紫色の錠剤をポケットから取り出して、口に放り込むと、そのまま飲み込んだ。すると、 「そうか!、解ったぞ!。何でアナタに会えなかったか。」 尋がそういうと、彼女は不思議そうな顔で、尋を見つめた。 「キミが眩し過ぎるから、ボクはいつも目を閉じてたんだ!。」 彼女は一瞬、呆気に取られた。しかし、 「くすっ。」 と、少し俯いてはにかむように笑った。 「おっ?。笑った。」 それを見た尋は、慌てて診察室に引き返すと、 「先生!。」 と、元気よくドアを開けた。 「ど、どうしました?。」 先生は慌てたように、何かを後ろに隠した。しかし、口の周りは明らかに黄な粉だらけだった。 「おはぎですか?。」 「いえ、ぼた餅です。」 「そんなの、どっちでもいいです。それより先生!、」 と、尋はついさっき起きた出来事を、先生に話して聞かせた。 「ほほー。即効性も最たるものですな。で、ご気分は?。」 「はい。さっきの今なので、悪くは無いです。」 「なるほど。薬の効果もきっちり出てますしね。」 「効果?。それは一体、どんな・・?。」 ひろしは尋ねた。すると、先生はウエットティッシュで口の周りを拭き取りと、 「アナタが、おっと思った途端、彼女がくすりと笑った。おっと思ったら、くすりと。おっ、くすり・・・。」 そういうと、先生は襟首を捕まれまいと、両手でガードしながら身構えた。しかし、 「おっ、くすり・・かあ!。こりゃ、いい!。」 尋は上機嫌になりながら、先生の言葉を繰り返した。 「でも、先生。」 尋は突然たずねた。 「もう錠剤は飲んじゃったから、次のが要ります。ありますか?。」 前回、前々回とは異なり、今度のような事が起こるならと、尋はさらに別の錠剤を求めた。 「じゃあ、極めつけなのを一つ・・。」 そういうと、先生は頭上にある神棚の脇から、小瓶を取ると、中から白い錠剤を取りだして、それを梱包すると尋に手渡した。 「さ、これを持って、おいきなさい。」 「何処へですか?。」 「何処へでも、好きなところへ。」 「で、これは、何時飲めば?。」 「何時でもいいです。アナタが好きな時に。」 何とも大雑把な先生だなとは思いつつ、しかし、既に起きたことを振り返ると、尋は特に不思議とは思わなかった。いや、寧ろ、この薬を飲むことで、何か妙な体験が出来ることを、暗に待ち望む体質になっていたのかも知れない。 尋は先生に礼をいうと、いつも通りお代は支払わずに、部屋を去ろうとした。が、 「ところで先生、先生は信心深い方なんですか?。」 といって、神棚の方を見上げた。 「いえ、ワタシは無神論者です。」 「じゃあ、あの神棚は一体・・、」 「ああ、アレはオブジェです。何か和風でいいでしょ?。」 それを聞いて、尋は理解した。この先生は、信心の何たるかを知らない、いや、それすら超えたところにいるのだと。そうで無かったら、あんな薬を平気で人に提供したりはするものかと。そして、部屋を出ると再び受付の女性に見送られながら、尋はビルを後にした。その日は特に予定も無かったので、尋は映画でも観ることにした。最近流行りの映画には興味が無かったので、尋は懐かしい映画が上映されている小さな映画館を見つけると、 「お!、カンフーものかあ!。」 と、格闘技好きなのもあって、尋は早速映画館に飛び込んだ。映画は既に上映中で、スリムな主人公の男性が、黄色に黒いラインの入ったジャージを着込んで、各階で猛者達が待つ塔に登っていき、次々と相手を倒すという物語だった。随分昔に公開された映画だし、尋は何度も見ていたので、結末も知っていた。だが、 「此処でこれ飲むと、どうなるんだろう・・?。」 と、尋はポケットから白い錠剤を取り出すと、口に含んでそのまま飲み込んだ。糖衣錠のその薬は若干甘い感じはしたが、それ以外、特に身体に変化は見られなかった。 「思ったより、期待ハズレだなあ。」 尋はそう思いながら、気を取り直してスクリーンを見た。すると、 「あれ?。」 幾度となく見た映画なのに、今日は少し展開が違っていたのに尋は気がついた。主人公の精細が無い。それどころか、踏み込みも甘いし、逆にやられる場面も多かった。 「そんな映画では無かったなずなんだか・・。」 話の展開は、主人公がやられてしまう一方的なものだった。しかし、どんでん返しの大逆転が待っているはずだと思い、尋はスクリーンを見続けた。そして、ヌンチャクを取り出した主人公が此処で一気に畳みかけるのかと思いきや、 「ドカッ、ドカッ!。」 と、圧倒的な負けっぷりだった。そして、尋が口をあんぐり開けて呆気に取られていると、 「終劇。」 と、スクリーンに大きく映し出された。僅かに映画を見ていた観客達は、何やらブーブーいいながら、席を立って劇場を出ていった。一体何が起きたのか訳も分からなかったが、ようやく正気に戻ると、尋も席を立って映画館を後にした。その後、数日間は何事も無かった。貰った薬も一錠っきりだったので、特に変化の無い毎日を過ごした後、尋は心療内科にいった。 「こんにちわ。」 受付の例の彼女が挨拶をしてくれるのを見ると、 「やあ、こんにちわ。」 と、尋も明るく挨拶を交わした。そして、自分の番が来ると、尋は診察室に入って、先日から今日に至るまでの様子を先生に話した。 「で、何か変わったことはありましたか?。」 先生の質問に、尋はそういえば、映画館で奇妙な体験をした旨を説明した。 「おお、それは!。」 先生は上気して尋を見た。尋は訳が分からず、何故先生がそんなに興奮しているのかたずねた。 「だって、いつもは勝ってる主人公が、全然ビビって、ダメだったんでしょ?。」 「ええ。」 「即ち、臆す、リー・・・。」 その後、数秒間、診察室には沈黙の空気が流れた。 「せ、先生・・・。」 尋は、真剣にセカンドオピニオンのことを考えていた。すると、 「で、ご気分は、どうですか?。」 と先生はたずねた。尋は最近の自身の様子を思い出しつつ答えた。 「悪くは無いです。っていうか、寧ろ、いいかも。」 すると、先生はにこやかな表情で尋を見て、 「はい。じゃあ、これで寛解です。」 そういうと、先生は尋の右手を取って、握手した。尋は先生に礼をいうと、診察室を後にした。そして、ビルを出て振り返ると、 「何じゃ、こりゃあ?。ま、でも、いっか。」 といいつつ、治ったことに感謝しつつ、歩いていった。
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