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第1章 東京クリスマス お兄ちゃんに赤ちゃんが出来たので、麻さんピンチです
麻さんは、朝起きて、キッチンへ行くと。兄と母親がダイニングテーブルを挟んで座って、何か話し込んでいた。兄は麻さんたちと別居している。28歳の麻さんは、離婚した独り身のママと、まだいっしょに暮らしていた。ママは麻さんが大学を出た時に、離婚したのだ。
麻さんが兄に声をかけた。
「お兄ちゃん、来てたの?」
兄は麻の顔を正面から見ないで言う。
「ああ、来てたよ。じゃ、俺行くわ」
母親が笑顔でいう。
「ええ、また来て」
兄は、やっぱり、麻さんの顔を見ないで言う。
「じゃ、麻さん、またな」
兄はそそくさと帰って行ってしまう。
あまり実家に訪ねて来ない兄の訪問に、麻さんは、あれっと思って聞いた。
「お兄ちゃん、何の用事だったの?」
母親は嬉しげに話す。
「お兄ちゃんの彼女に、赤ちゃんができて、ここに一緒に住みたいって言ってくれているの」
麻さんは兄の彼女の顔を思い浮かべた。
「お兄ちゃんの彼女?同棲しているあの南央美さん?」
「もう5ヶ月で、3日前にわかったんだって」
麻さんは母親の言葉を反芻する。
「5ヶ月……」
「南央美さんは、自分でも妊娠した事に、気が付かなかったみたい。生理の周期が乱れていたんだって。その上つわりもなくて。もうお兄ちゃんも31歳だし。南央美さんも32歳でしょう。だから子供は堕ろさせたくないって、お兄ちゃんが言っていてね」
麻さんはそれより気なることがある。麻さんはダイニングの椅子に腰掛けながら聞いた。
「それはわかったけど。なんで、ここに住みたいの?」
母親が事情を説明した。
「あの二人は、美容師同士じゃない?将来自分たちで店を持ちたいから、お金を出るだけ貯めたいんだって。アパート住みじゃ、家賃ももったいないしね。できたらこの家の1階を改装して店をやりたいって思っているらしいの」
「この家でお店……」
「そうなのよ。でもそれにはこの家が手狭よね?」
「うん」
「子供も産まれるしね」
「うん」
「1階は店にするし……。住居スペースも減るし」
「うん」
「麻さんも、今後のことを考えておいてね」
「……」
麻さんは、思う。
(何を考えて欲しいの?)
その時、麻さんの携帯が震えた。
麻さんは携帯画面を見た。
さっき出て行った兄からのメッセージだった。
――母さんのいない場所から電話くれ――
麻さんは立ち上がった。
「着替えてくる」
母親にそう伝えて、麻さんは自分の部屋に移動した。
麻さんは兄に電話した。
「お兄ちゃん。電話しろって……。何?」
兄が答える。
「母さんがいると、話し辛いだろう?」
「それで何の話なの?私に実家から出て行けって言う話なの?」
「……うん。それもそうなんだけど……。金の話なんだ。実家を担保にして、実家を店に改築したいんだ悪いな。南央美がうるさいんだ。そろそろ美容室を開かないと、手遅れになるって言ってさぁ」
麻さんは驚く。
「家を担保にするの?」
「申し訳ない。母さんが亡くなったら、本来なら家の半分は麻さんのものになるのにさ。担保にしちゃって。しかも相続権を、麻さんにいずれ放棄して欲しいと思っているんだ」
あまりにも身勝手な兄の話に、麻さんは母親はどう思っているか気になった。
「……ママはそれで良いって言っているの? ママの家を担保だなんて……」
「まだ切り出せないけど。結局押し切る事になると思うよ」
「……そうなんだ。ママはお兄ちゃんに甘いから」
「それで、そうなるとやっぱり、もう麻さんとは一緒に住めないだろう?南央美は性格がキツいからさぁ。麻さんの今後の住まいだけど……」
麻さんはなんて言っていいかわからない。無言の麻さんを無視して、兄は話を続けた。
「……俺、父さんに相談したのよ。そしたら、麻さんが、死んだお祖母ちゃんの家に住んで良いって。」
麻さんは仰天した。あんな場所は人が住む場所じゃないと、麻さんは思う。
「でも、ゴミ屋敷に近い感じだよ?すごい量の物が置いてあるよ」
兄はシラッと言う。
「俺も手伝うよ。ゴミを処分するのさ。親父が処分費用は出してくれるって言っていたよ。どうせ家の中のガラクタは、親父が処分するつもりだったから、処分費用だけで済むなら安いもんだってさ」
麻さんは、あの家を住めるように出来るのか不安になってしまう。
「手伝ってくれるって言っても……」
兄はいつになく強引だ。
「ともかくお祖母さんの家を1回見てこいよ。俺、実家出る時、麻さんの部屋の前に、お祖母さんの家の鍵を置いておいたんだ。じゃ、また連絡するよ。俺これから仕事だからさ」
そして電話は一方的に切られた。
麻さんが自室の扉を開けた。
麻さんは、扉付近の廊下の床を見る。
「これかぁ」
鍵がぽつんと廊下に置いてあった。
麻さんはガギを握りしめた。
「お祖母ちゃんの家は、立地しか良くないんだよね」
それから麻さんは着替え初めた。
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