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洋さんに、余りにもボロな祖母宅に住む事を、心配されました
兄の実家訪問から1週間後、麻さんの亡くなったおばあちゃんの家に、麻さんと洋さんはいた。ちなみに洋さんは麻さんの幼馴染の男性だ。
麻さんのおばあさんの家は、極小住宅だ。1階は台所、風呂、玄関、トイレ、洗面台、居間しかない。2階は和室と洋室の2部屋に、広めの廊下、そしてベランダのみ。それでも3畳ほどの、小さな庭が有って、庭に面した掃き出し窓部分には、濡れ縁がある。駐車場スペースは車2台分。縦に2台入れられる。
その濡れ縁に腰掛けて、麻さんと洋さんは座っていた。
洋さんが不安げに、麻さんに聞いた。
「本当にここに住むのか? 狭いし、古い家だな」
洋さんが呆れた様に家を眺めている。
麻さんが言う。
「住むよ。行くところ無いし。今後の事を考えておいてねと、ママに言われたし。お兄ちゃんは、私がここに住めるように、パパに話をつけてくれたし。私はママやお兄ちゃんに出て行けって言われたら、出て行くだけだよ」
洋さんが不満げに言う。
「だからって何もこんな場所じゃなくても。ガラクタがいっぱい置いてあるし。捨てるだけでも大変だぞ。大きな家具とかどうするんだ?」
「業者呼ぼうと思っている。ガラクタを捨てるお金は父がくれるらしい」
洋さんは祖母の家が、よほど気に入らないらしい。
「ふーん、でも、水とか、お湯とかちゃんと出るの?」
麻さんはまだ確かめていなかったけど、出まかせで答えた。
「水くらい出るんじゃない?」
「風呂場とか使えるのか?」
「まさか、使えるんじゃないの?」
「ふーん」
「疑っている?」
洋さんは難しい顔で言う。
「ちょっと、疑っている」
麻さんがニヤニヤしながら言う。
「洋さんは、昔から疑い深いよね」
洋さんが憮然とした顔で言う。
「お人好しの麻さんより、俺の疑い深い性格の方がマシだな」
麻さんが笑う。
「しかし申し訳ないね。彼氏でもなんでも無いのに、一緒に見に来てもらって」
洋さんが余裕をかます。
「いえいえ、友達でしょう?」
麻さんがしみじみと言う。
「沁みるわ。友達って言葉にさ」
「沁みるだろう?」
「うん、うん」
洋さんが爽やかな笑顔で麻さんを見た。洋さんの優しい表情に、麻さんは見とれる。
麻さんは頷きながら、洋さんの優しい笑顔に、トモダチだと言われているのに、それ以上を期待してしまう。
でも麻さんは思う。
(違うんだ。優しいのも、笑顔が爽やかなのも、トモダチだから)
洋さんの優しい笑顔をみながら、麻さんは自分に釘を刺す。
(洋さんはトモダチ。今も洋さんから言われてしまった。麻さんはトモダチだって)
でも、やっぱり麻さんは、洋さんにトモダチと言われる度に、少し寂しい。
もう一人の幼馴染の香菜さんが、庭から入ってきた。麻さんと香菜さん、そして洋さんは小学生からの友達だ。
香菜さんがいう。
「麻さん、飲み物を買ってきたよ」
「香菜さん、ありがとう」
麻さんが、財布をとろうと部屋の中に入ろうとした。
「お金――」
それを香菜さんが止める。
「あ、良いの。良いの。奢る。このくらい奢れる。私に任せろ」
麻さんは一瞬、どうしたものかと思ったが、素直に好意を受けることにした。
「んじゃ、次奢るね」
香菜さんはニンマリ笑って言う。
「宜しく」
洋さんも言う。
「じゃその次は俺!」
香菜さんがいう。
「任せた!」
そして3人は顔を見合わせて笑う。
それから、香菜さんが洋さんの隣に腰掛けて言う。
「この家を住めるようにするには、だいぶ物入りになるんじゃない?」
麻さんが少し考えて、それから答えた。
「そうだね。でもまぁ、いずれ親の家から出なきゃだったし」
香菜さんが、「ふーん」と不満そうに息を漏らす。
麻さんが、何か言いたげな香菜さんに聞く。
「なんだよぅ。何か言いたげだぁ」
香菜さんの顔が曇り、言い淀みながら言う。
「だって、兄さんが帰って来なきゃ、ずっと家に居たはずじゃん?麻さんの母さんが、麻さんに居て欲しいって言うから、麻さんは実家住みしてたんじゃない。麻さん東京の会社に受かってたのに、地元で就職して。なんか馬鹿みたいじゃん」
香菜さんの目から涙が溢れた。
「なんで、香菜さんが泣くのかねー」
香菜さんが、Tシャツの袖口で涙を拭きながら言う。
「だって、悔しいじゃん。追い出されたみたいでさ」
洋さんが香菜さんを慰める。
「でも、俺ら、そのおかげで、未だ地元で友達続けてられる。たまに集まってワイワイやれてる。それでいいんじゃね?家の中のガラクタの撤去は手伝うよ」
麻さんが言う。
「そそ、仕方ない。仕方ない」
香菜が言う。
「仕方ないかぁ」
洋さんも言う。
「うん、仕方ない」
香菜さんはうんと頷き、涙を止めて、スーパーのレジ袋から、得意げに出した。
「じゃーん。ビールも買ってきた」
香菜さんが麻さんと洋さんに、缶ビールを渡す。
麻さんが嬉しげに、缶ビールを天に突き上げた。
「飲も」
洋さんも、缶ビールを空に掲げた。
「ああ、飲も」
香菜さんが、自分の缶ビールのプルトップを開けると、洋さんに向かって泡が噴いた。
それでまた3人は笑う。
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