17人が本棚に入れています
本棚に追加
「ふふ。あたしに同じ攻撃は効かない」
「ムカつくヤツだな」
ネコマタがもう一度、あたしにとびかかってこようとしたそのとき。
「ちょっと二人とも! 遊んでないで早く仕事して!」
優月に思いっきり怒られた。
すでに注文の紙を何枚も持っていて、その目にいつものやわらかさはない。
初めて見た……優月の怒ったところ。
「ご、ごめん!」
「はははっ。怒られてやんの」
「うるさいな! ちょっと黙ってて!」
ネコマタの右足を思いっきりぎゅっと踏んでやった。
「いってぇ! なにすんだよ!」
「ネコマタがよけいなこと言うからでしょ」
「なんだと!」
それに怒ったネコマタが、あたしにやり返そうととびかかってくる。
あたしはもう一度よけるため、いきおいよくうしろに下がった。
「わ!?」
右足がなにかにつまずいて体がよろけた。
――倒れる!
とっさに近くのテーブルへ手をつく。
バン、と音を立ててしまったけど、この席のお客さまは――どうやらお店のまん中で踊っている犬たちみたい。
よかったぁ、誰にもぶつからなくて。
パリン。
そう思ったと同時に、なにかの割れる音がした。
下を見ると、足元には割れた陶器の破片。
あたしがテーブルに手をついたはずみで、なにかが落ちてしまったらしい。
ウソでしょ……。
頭の中にいつかの出来事が思い浮かぶ。
犬と言い争って、追いかけっこして、盃が割れて。
「少しは成長したかと思ったが……なにも学ばないね、君は」
ハッとして顔をあげると、マスターがニコニコとした笑顔で立っていた。
その目は、あたしのよく知っている作りものみたいな怖い目だ。
「マ、マスター」
「また盃が割れてしまったよ。さて、これは支払いに上乗せしておこう」
「ごめんなさい……!」
「だいじょうぶだよ。別に高価なものじゃないし」
「え、でも、前に陶器の神様が作ったって」
「ああ、そんなことも言ったかな。あれはウソだよ」
「ウソ!?」
し、信じられない。じゃあ、あたしが今までやってきたことはなんだったの?
びっくりして口をパクパクさせていると、マスターはクスッと笑って答えた。
「そんな素晴らしいもの、簡単に使ったりできないよ」
「な、なんでウソなんか」
「まぁ……ヒマつぶしかな。最近退屈だったからね。ああでも、弁償は必要だったさ。君が何日か働いた分と、クマちゃんケーキの注文分で終わるくらいには」
「じゃあ、ケーキを作ったら弁償が終わりって言ったのは」
「事実をそのまま教えてあげたんだ。さ、わかったら仕事をしてくれ。アイドル給仕係さん」
マスターははずんだ声でそう言い残し、割れた盃を持って行った。
「おい。オレは外で昼寝してるから、終わったら呼べ」
ネコマタが、空気を読まずに話しかけてくる。
あたしはなにか言おうと振り返ったけど、そばにはすでに誰もいない。
もう、お店を出て行ったあとだった。
なんなんだ。妖怪とか神様(?)とか。
自分のことしか考えてなくて、勝手なことばっかり言って。
……だったらやってやろうじゃないか。
みんなに人気の、すごい給仕係になるだから!
「給仕係さーん! ちゅうもーん!」
酔っぱらった犬が、前足をぴょんぴょんあげてこちらの方に叫んでいる。
「はーい!」
ありったけの笑顔を作り、あたしは注文を取りに向かう。
まずは、犬の妖怪たちと仲よくならなくちゃね。
(終)
最初のコメントを投稿しよう!