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「ごめん、カミーユ、離陸の時間が近い。もう行かなくちゃ」
「……いえ。わたしこそ、こんな電話をしてしまって、ごめんなさい」
「十日後にはきっと帰るよ。愛してる」
「わたしもよ」
恋人たちの通信が途切れ、壁掛け電話からは何も聞こえなくなった。受話器を握りしめたまま、ぴくりとも動かないカミーユをルイは気遣い、肩を抱いた。
「ご婦人」
「……あの人、今日死ぬわ」
「えっ」
「わたしにはわかるの」
重苦しい予感が室内を包み込んだ。破局が、青年の死が厳然たる未来として眼前に迫っているように、ルイには感じられた。いや、ジャンの方も、何か予感めいたものは感じていたのではないか?
だが、彼は飛ぶことを選んだのだ。夜の底へ。奈落の星々の向こうへと、夜の航路を開くために飛び立つのだ……。
キイ、と音をたてて、カミーユが窓を開けた。開けると真夜中の風が外から忍び込んできて、室内を冷たくかき乱した。窓から身を乗りだすようにして、彼女は南を指で差した。
「あの辺りから飛んでいくのね」
「そうだね」
「ほんと……馬鹿な人」
カミーユは晴れやかな、と言っていい表情で笑ったが、まなじりに涙が浮んでいるのを、確かにルイは見た。
「つける薬がないとは、よく言ったものだわ」
了
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