2 物語のはじまり

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2 物語のはじまり

「ああ、今回も失敗した」 「なんだろね? 由香里(ゆかり)は綺麗なのに、どうしてアルファは最後の最後で由香里に堕ちないのかな?」  この前、出会ったアルファとホテルに行ったのだけれども、何事もなく始まる前にホテルを一人出ることになった。 「なんかね、フェロモンが関係しているらしいよ」 「フェロモン? 由香里の凄くいい香りだけど、それがどうしたの?」 「僕興奮すると、フェロモンが強すぎるみたいで、アルファが気絶しちゃうの……」 「えぇ!!」  今日もカフェでオメガ友達の、陽子と梨々花とお茶をしていた。二人は名前の通り女の子。僕は由香里という名前だけど、男だ。僕を産んだ母親がどうしてもこの名前がいいってつけただけの話。それが女の子の名前だっただけ、それだけ。  女の子らしい名前に負けないくらいに美人に育ったと周りからはちやほやされていた。ほんとそんなのどうでもいい、僕は普通の人生が送りたい。 「でも、結婚までにせめて自分で選んだ人と一度は体を合わせてみたいんだよね、処女をあのおじさんに捧げるのは絶対いやだ!!」 「確かに」 「あんな年の離れた人は流石に……ないよね」  二人は同情してくれている。 「生まれた時から僕の人生は決まっているし、そこは諦めているんだけど……でもせめて初めてくらいは同年代としてみたいよね。結婚したらきっと家から出られなくなるんだし、ますます同年代との触れ合いがなくなる」  僕は祖母とふたり暮らし。  どうして生まれた時から僕の人生が決まっているかというと……それは祖母がまだ若かりし頃、僕の祖父との結婚前の話に関係する。  祖母の亜香里(あかり)は結婚の約束をしていたアルファ男性がいた。しかし結婚直前に運命の(つがい)に出会ってしまい、運命を選ぶ。そしてその二人の間には一人娘である僕の母親が生まれた。  その僕の母は十代に望まぬ形で僕を身ごもってしまったが、両親のもと僕を産み育ててくれた。だが祖父と買い物に行った先で事故をおこし二人は帰らぬ人となった。その時の僕はまだ乳幼児で全く記憶にない。そこからはオメガの祖母が一人で僕を育ててくれた。  オメガ女性が一人で幼子を育てるだけではなく、事故により遺族に賠償責任が課せられた。一生かかっても払えない額に途方にくれた祖母のもとに、以前の婚約者が現れ一つの提案をしてきた。その人はすでに(つがい)を得てしまったから、今更祖母とどうにかなるつもりはないが、生まれたばかりの僕を見て、僕の強いオメガ性を見抜いた。  そこで僕を将来自分の孫に嫁がせるなら、全ての面倒を見ると言った。どう足掻いても、祖母はそれにすがるしかない状況だった。  そして生まれてすぐその人の孫との結婚が決まった。祖母はせめて十八歳になるまでは自由にさせてほしいと交渉をして、僕が十八歳になるまではお互いに顔合わせもせず過ごし、十八歳になったら結婚するという約束で僕が嫁ぐまで何不自由ない生活を約束してくれた。  それが僕の生い立ち。  十歳のオメガ判定の日、祖母に全ての話を聞いた。祖母は僕に泣いて謝ってくれたけれど、僕はこの年まで祖母が一人で僕を育ててくれたのを知っているし、親がいない僕への愛情は相当与えてもらったので、むしろその決断をして僕を育ててくれたことへの感謝しかなかった。  僕は恋を知る前に結婚相手がいることを知った。それが良かったのかもしれない、老人と孫というオメガ二人がなんの援助もなくこんなに普通に暮らせるわけがなかった。やっと謎が解けたという気持ちも重なり、妙にスッキリしたとその時の僕は思っただけだった。  大学進学とともに十八歳になった僕は、初めて相手と会うことになった。相手は代々政治家をしている小湊(こみなと)家の長男で二十歳のアルファ男性だった。その人はとてもかっこよくて人当たりもいい人で、僕はすぐに好感が持てたし、むこうも僕をとても気に入ってくれた。だから結婚もすんなり受け入れていたのに、次に会ったときは人が変わっていた。  文字通り、人自体が変わったのだった。同じ小湊だけど、えっ、なんでこんな脂ぎったおじさんが!?  二回目に会う約束の日、そこには僕の結婚相手が変わったと知らされた。当初の相手ではなく、その叔父にあたる人がその場に来て説明をした。  その人は小湊達夫(たつお)五十四歳。甥っ子の洋平(ようへい)は急に他のオメガを(つがい)にしてしまい、結婚ができなくなった。達夫の父親、つまり祖母の元婚約者だった人の遺言で安里由香里(あざとゆかり)と小湊のアルファは結婚することとあったので、甥っ子がだめになった今、小湊で唯一の独身である達夫が名乗りをあげてきた。  独身といっても、離婚歴三回。もう良くない? 僕の写真を見て気に入ってしまったとかで僕を嫁にすると息巻いていた。僕はすでに親が残した借金の精算や学費など多額のお金を投資してもらったので拒否権などない、だけど……この人!? 話が違う!! あの婚約者ならかっこよかったし爽やかだったし嫌悪感なかったのに、このおじさん!?  その日は帰宅後、祖母に泣きついた。  でもあまり心配かけたくないから婚約者が変わったことは言えずに、結婚が決まって祖母と離れることを思うと急に寂しくなって涙が出てきたって言い訳をした。なまじ嘘じゃない、僕はおばあちゃんっ子だからね。  だからこそ心配かけるわけにはいかない。前回初の顔合わせの時は、すごくかっこいいアルファで結婚してからうまくやっていけそうって話をしたら、祖母は心底ホッとした顔をしたから。  やっと安心させてあげられたのに、その気持ちを裏切りたくなかった。  もし本当に嫌な相手なら先方に頼んでみるとお見合い前日に言い、僕を優先して考えてくれている祖母。十八年もの間、生活費や学費を貰っておいて今更どうあがいても、それを返せる宛なんてない。それにオメガが二人で生きていけるほどこの世の中は優しくない。  年老いた祖母にそんな辛い思いはさせられないから、たとえどんな相手でも受け入れようって覚悟をしていた。  そしてその相手が二歳年上の爽やかアルファだったから、祖母と二人で喜んだっていうのに、いまさら相手は脂ぎった三十歳以上も年上のおじさんになったなんて言えるわけがなかった。
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