2 物語のはじまり

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 大学を後にして、都内一等地にあるホテルへと向かった。面倒くさいけれどこれから結婚までの間、決めることなどもあるのでお見合い相手に会わなければいけないことが何度かある。有難いことに結婚式までには猶予があるから、その間僕は遊べるだけ遊ばなくてはいけないから、正直少しの時間も会いたくない。  憂鬱だ、非常に憂鬱だった。 「由香里、待っていたよ。今日もとても綺麗だ」 「小湊さん、お待たせしてしまって申し訳ありません」 「そんな他人行儀な言い方よしてくれ、俺のことは達夫と呼んで、由香里」  いきなり二度目の対面で呼び捨て、そして僕の手をねとって触ってくる。僕はにっこり笑ったけれど、無理!! あまりに脂ぎった顔と、ドテっと出たお腹。そして汗で濡れた手。すべてが無理だった。  本来の僕のお見合い相手であったのは、この人の甥っ子の小湊洋平。しかし(つがい)を得て彼が無理になったからと、達夫が名乗りをあげてきた。後妻でしかも僕で四人目、見た目もアルファとは言い難いくらい酷い。何もかもが生理的に無理なレベルだった。だからこそ僕はこの人に手篭(てご)めにされる前に、せめて見目のいい若い男と一度でいいから思い出が欲しかった。 「いや、それにしてもこんな若いお嫁さんをもらえるなんて、甥っ子には感謝しかないな。オメガのハニートラップのお陰で、俺が由香里を嫁にできるんだから」 「ハニートラップ? ですか」 「そうだよ、甥っ子が由香里のことを自慢するから悔しくてね、愛人を甥にしむけたんだ。それがまさか(つがい)にまでなるなんて驚きだが、それで俺にチャンスが回ってきて君を手に入れることができた。あんな経験値のないアルファより、俺のほうがよっぽど由香里を満足させてあげられるよ」 「……」  ゲスい、ゲスすぎる。(つがい)ができたってハニートラップだったの!? あのアルファ、優しそうな人でどことなく頼りなさそうな面も見え隠れしていたけれど、実の叔父に騙されるなんて驚きすぎてむしろ僕は笑うしかなかったよ。 「そうでしたか」 「あぁ、可愛い由香里、早く君とひとつになりたい」  ウゲ! 気持ち悪いっ!! きっと愛人オメガもこの男が気持ち悪くて、かっこよくて爽やかな洋平さんに一目惚れしちゃったんだろうな。めちゃくちゃその愛人の気持ちが今、分かってしまった。羨ましいな、そのオメガ。とにかく僕と体の関係を持ちたいと、遠回りに言うこの男を回避しなくては。 「それは、結婚式を挙げてからですよ。式についての僕の望みは特にないので小湊さんにおまかせしますね」  そこで僕は席を立とうとした。 「えっ、由香里? このあと上の部屋を取ってあるから一緒に……」 「忙しい小湊さんのお時間を奪えません、また式のことで何かあったらご連絡ください」  にこって笑って、有無を言わさずその場を去った。もう無理だ、これ以上話したくない、気持ち悪い、マジで無理。僕本当にあのおじさんに買われたの?   今日は最悪の気分になった。気分転換に美味しいケーキでも食べるぞ!!  祖母には小湊と会うと言っているから少しくらい遅くなっても、仲良くやっていると思って心配はされないだろう、だって僕が気に入った彼の甥っ子が相手だと祖母はまだ思っているからね。  あんなおじさんと結婚が決まったなんて言ったら、祖母は僕と逃げると言いそう。祖母が元気に何不自由なく過ごせることが僕の望みだから、人から追われるような後ろめたい人生には出来ない。だからこそ結婚式まで、あの人が僕の旦那さまになることは言えなかった。  悲しみと悔しさが滲み出てきてたまらない気持ちになった。やはりこんな顔で祖母に心配かけられないから、一人でどこかで時間を潰そうと思ってカフェを探して歩いた。  まだ夕方、先程あのおじさんと会ったのは、ビジネス街にある高級ホテルだったので周りは仕事中の会社員たちが忙しく歩いている。僕には無縁の世界、僕は結婚と同時に大学を退学してあのおじさんの家に入って、きっと外の世界とは切り離されるんだ。  あの人、前に会ったときに僕を囲うって意気揚々と話していた。オメガにとって(つがい)に囲われるのは最上級の喜びだろうと、何もすることなく旦那の帰りを待つ優雅な妻でいさせてあげると言われても、迷惑極まりなかった。  歩いているとひときわ大きいビルが見えた。名前からしてここは、もしかして陽子と梨々花の言っていた人、上條先輩の家の会社? さすがだな、上位種アルファ家系。  あの二人は上條先輩に処女の相手をしてもらったらいいと簡単に言っていたけれど、やはり無理じゃないかな? そんな凄い人の相手はきっとそれなりのステータスを持つオメガたちだと思う。陽子の友達ならきっと上流階級の人のはず。あの二人はいいところのお嬢さんだ、なぜか庶民の僕と仲良くしてくれるいい子達だった。それに仮にも婚約者付きのオメガを抱いてくれるかは謎だ。  そんなことを思って、そのビルの近くにあるカフェに入った。平日のこの時間はカフェで仕事をしている会社員もいれば打ち合わせのようなことをしている人もいる。僕は一応お見合い相手とホテルで会う約束をしていたから今日はきちんとした恰好をしていたので、会社員の中にいても浮いてはいないようだけど、それでもいつものように視線は痛いほど感じる。  この見た目のせいなのは分かっているけれど、僕だって一人でお茶くらいしても良くない!? 良くないよね、座ればたちまちナンパをされる。ほんとどうして顔だけこんな綺麗に生まれてきてしまったのだろう、普通の人生送りたい。
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