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心の平均台
程なくして帰ることになった。ダサ男はまだ寝ている。残された二人は、店員さんにタクシー会社の番号を教えてもらっていた。ガタイのいい二人組が使っていた席には別のお客さんが座っている。伝票を手に取り立ち上がった。
「さっき二人に意地悪をしたから、今日は俺に払わせてくれ」
「マジか。サンキュー」
「じゃあ今度いい酒を見付けたら買ってくるわ」
「おう、よろしく」
変な気遣いの無い関係。今日も楽しい会だった。
支払いを済ませ店を出る。ふと脇に目をやる。喫煙用のスペースとして、灰皿と椅子が置かれていた。そこから少し離れたところに佐那さんが腰掛けスマートフォンを弄っていた。椅子は喫煙スペースに置かれている物と同型だ。煙がかからないようずらしたのか。しかしとっくに帰ったはずの彼女が何故ここにいる。斉藤君かパーカー君を待っている? それくらいしか理由は無い。いや、違う。待っているのは確かにそうだが、ちょっとだけ違うぞ。
「私は残る。一緒の席にいた責任があるからね」
そう。彼女は責任を果たすため、ここで彼らが帰るのを待っているのだ。だけど席で待っていては余計に気を遣わせてしまう。だからこうして店の外で、一人静かに待っているのだ。
格好いい。
気付いた時には彼女の前に立っていた。話したこともない相手が俺を見上げる。橋本と綿貫は店の入口を出たところで呆気にとられていた。ゆっくりと口を開く。
「すみません。連絡先を交換してくれませんか」
「いやあんた誰よ」
「心のバランス、崩れるの早いな」
「そんな聞き方じゃ無理だって田中」
平均台から棒が落ちる音が聞こえた気がした。
〈終〉
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