電車の恋

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幸せな時間は一瞬だけ。彼の降りる駅が近づいてきたことを車内のアナウンスが告げた。 「じゃあ」 『南陵高 高瀬(たかせ)』と刺繍の入った大きな鞄を軽々と持ち、彼は私に会釈だけをして電車を降りた。 テスト期間が終わり、通常モードになってから2週間程経った。吹奏楽部の練習を終えて部室で定期演奏会の曲目について話し合っていたらいつもよりも遅くなってしまった。 ご帰宅ラッシュになる前に電車に乗るのが常だ。この桜通線は、街の中心部に向かうにつれて人混みが増えていく。 そのドアから、見慣れたその姿が入ってきた。 「──高瀬くん?」 声を掛けられた彼は、私の姿を見つけると目を見開いた。 相変わらず大荷物な彼の近くに移動した。 「こないだ、本当に、ありがとう。テスト、無事に受けられたよ」 彼が何年生なのかはわかっていなかった。でも秋に部活に精を出す高校3年生は進学校では滅多にいない。ということは、高2か高1。だからきっと、敬語じゃなくても大丈夫。 「良かった」 にかっと笑ったそのお顔、ああ、写真撮りたい。私に向けられたその笑顔、永久保存版じゃん。 「あ、でも、何で俺の名前──」 「その、鞄……」 刺繍に指差すと、「そうか。思いっきり書いてあったな」とこれまた口角を上げた。笑顔の多い人だな。 「ええっと……西高だよね?」 「うん」 「名前……」 「星宮百永(ほしみやもえ)、です」 「百永ちゃんか」 「高瀬くんは?下の名前」
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