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藍一というのは先月亡くなった私のお父さんのことだ。お父さんが亡くなったから、お母さんの両親……おじいちゃんとおばあちゃんが「母親一人、子一人では生活が大変だろう」と言ってくれたので、お母さんとこの村まで引っ越してきたのだ。
「それにしても、本当に一緒に住まなくてよかったのかい?」
「いいのよ。これ以上、お父さんとお母さんに迷惑をかけたくないし」
「そうかい……あまり無理するんじゃないよ」
きっぱりと言うお母さんだが、おじいちゃんは心配そうだ。それでもお母さんは「大丈夫よ」と言い返した。
そんな話をしているうちに、引っ越しのトラックが着いた。
運転席と助手席から筋肉質なお兄さんたちが降りてくる。引っ越し作業の再開だ。
「さっそくお荷物を運んでいいですか?」
「ええ、お願いします」
お母さんが頭を軽くさげると、お兄さんはトラックの荷台を開けて私たちの荷物が入った段ボールを運びだした。前の家を出た時もそうだったが、こうして大人たちが動き始めると、私は何をすればいいのかわからなかった。
「ねえ、お母さん。私、どうすればいい?」
「どうって……邪魔にならないところで大人しくしてて」
「大人しく……」
と言われても、こんな駐車場でいったい何をしていればいいのだろう。
困った顔で考えこんでいると、おじいちゃんが「そうだ」と自分の手を軽くたたいた。
「せっかくだから、この辺りを探検してきたらどうだい?」
「探検って……探検するようなところなんてないわよ?」
話を聞いていたお母さんは顔をしかめるが、おじいちゃんは「いいではないか」と笑った。
「荷物が運ばれるまでまだ時間があるし、少しくらいいいだろう。なあ、陽色」
おじいちゃんが私に諭すように言ってくれる。
いつもなら大人しくしている私だったが、今はめずらしく好奇心がかき立てられていた。引っ越し先に着いた今でも不安の気持ちが大きいが、いざ新しい環境を目の前にしたら、ほんの少しだけわくわくしてきたのだ。
「それなら……ちょっとだけ行ってみようかな」
ほくほく顔になる私を見て、お母さんは「はあ」とあきれたようにため息をついた。
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