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「陽色ちゃん、お母さんから私のことを聞いてなかったの?」
「私もこのプリントをもらうまで気づかなかったのよ。『鈴木』なんて名前、いっぱいいるし。バタバタしてて学校関連の手続きは親にやってもらってたし」
「なるほどねー。んじゃ、改めて……実は私が一年生だった時、陽色ちゃんのお母さんは六年生だったの」
「だから、先輩として彼女のお世話をしていたってこと」
「いやはや、その節はどうも」
呑気に笑うあんず先生にお母さんが「やれやれ」と息を吐く。
今更だが、この村で生まれ育ったお母さんも私と同じ小学校に通っていたのだ。とはいえこれまでお母さんの昔話を聞いたことがないし、子供の頃の写真も見たことがないから全然想像ができない。でも、あんず先生と話すお母さんの顔はいつもよりおだやかで楽しそうだ。
「お母さんと先生、仲良しだったんだね」
「実家が近かったから、子供の頃から紫ちゃんに遊んでもらってたのよ。それに、私は紫ちゃんの──」
「あんず」
あんず先生の言葉をお母さんがさえぎる。いきなり割りこんだお母さんに私もあんず先生も面を食らっていると、お母さんは間髪入れずにスッと居間のほうに招いた。
「ここで立ち話もなんですから。お入りください」
突然いつものクールなお母さんに戻ったものだから、私はとまどっていた。けれどもあんず先生は「それでは」と一礼し、靴を脱ぎ始めた。幼なじみ同士の再会は、私を差し置いていつの間にか「保護者」と「先生」による家庭訪問に切り替わっていたのだ。
家に入ると、あんず先生はお母さんに持っていた花束を渡した。
「こちら、ご主人に」
「これは学校から?」
「いえ、私からよ」
「そう……気をつかわせて悪いわね」
と、お母さんは白い紙袋を丁寧にはがした。中から黄色と白の菊の花が出てくる。こういう花束は何度も見てきたから知っている。仏花だ。
「よければ、お線香をあげさせてもらってもいい?」
「もちろんよ。陽色、案内してあげて」
「あ、うん」
花瓶に花を移し替えるお母さんを背に、私はあんず先生を居間の奥に案内した。
居間の奥にはお父さんの仏壇があり、お父さんの笑った写真が飾られている。
「……素敵な遺影ね。お線香、失礼します」
そう言ってあんず先生はロウソクに火を点けた。
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