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あんず先生がお父さんに手を合わせている。この村に引っ越してからお父さんにお参りするのはおじいちゃんとおばあちゃんしかいなかったから、なんだか不思議な気分だ。
お父さんは私が赤ちゃんの時から入退院をくり返していたから、お父さんとの思い出は病院の中でしかなかった。この写真だってお父さんが元気な時に撮った写真で、こんな毛先が巻いたくせ毛の髪も、こんなにぷくぷくに太ったお父さんのことも私は知らない。メガネはこの写真同様にかけていたが、私が知っているのは髪が抜け落ち、骨と皮しかないくらいげっそりと痩せた姿だけだ。
一緒に暮らしたこともなかったから、お父さんとの思い出は少なかった。お父さんがいなくても、私の生活は変わらない。ただ、お父さんが死んでからお母さんは笑わなくなった。気がかりなのはそれだけだ。
そうやってお父さんのことを考えていると、やがてお母さんが花瓶を持ってやってきた。
「──ありがとう、あんず。そろそろやりましょうか」
お母さんはお父さんの仏壇に仏花を置くと、案内するように食卓テーブルに手を向けた。
食卓テーブルにお茶とジュースが入ったコップが置かれている。いよいよ私のきらいな面談の始まりだ。
だが、相手があんず先生だからか、お母さんはいつもより表情が柔らかかった。
「それで、うちの陽色は迷惑をかけてない?」
「いえ、まったく。むしろ、新しいお友達が増えてクラスの子も嬉しかったみたいだし、陽色ちゃんが来てくれたのが子供たちに良い刺激になってると保護者のみなさんも喜んでるよ。ね、陽色ちゃん」
「そ、そうなの?」
いきなり褒められるとは思っていなかったので、私はついうろたえてしまった。そんな私を見て、お母さんはあきれたように息を吐いた。
「陽色……シャキッとしなさいっていつも言ってるでしょ」
「ううっ、ごめんなさい」
お母さんに注意され、体がちぢこまる。
すっかり委縮してしまった私を見て、あんず先生は「まあまあ」とお母さんをなだめた。
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